[ 2021.1.1. ]
282号-2021.1.25
昨年10月18日と12月27日に宅建試験があった。年2回に分けて実施というのは変則的でコロナウィルスの影響が大きい。「3密」を避けるため受験会場の収容人数を半分にした為だ。
受験者はここ数年20万人前後で推移しているが、合格率は約15%である。発表も第1回試験は12月2日、第2回は2月17日になった。弊社では第1回受験者は33名、第2回は4名で合計合格者は4名である。内訳は女性が3名で、男性1名は2021年度の新卒内定者だ。この時点で4名と断定しているのは、第2回試験受験者は模擬テストから見ても可能性は限りなくゼロに近いと思われるからだ。
当社の合格率10.8%は全国平均から見て極めて恥ずかしい結果だった。恥ずかしいというのは小職だけで、受験者本人たちは残念ながらそうは思っていないだろう。そうであるなら、もう既に合格していると思うからだ。
決して難易度の高い試験ではない。不合格者の中では、頭の回転も速く、営業実績も好成績を残している社員も多い。彼らは直前のヒアリングでは既に戦意喪失し、早くも言い訳に終始している共通項がある。「絶対に受かるぞ!」という意識がない。
女性社員の合格者は、主婦、母親、社員と3業を兼ねて勉強時間も独身者と比べ少ないはずなのに「絶対合格する!」という闘志が旺盛だった。
少ない時間を有効に活用する為に、ある女性は、数ケ月間、ママ友達との交際を自己規制し、トイレとキッチンに暗記事項を張り出し徹底した受験環境を作っていた。
好きなお酒を合格まで禁酒した社員もいた。又ある女性社員は、子供を学校に送り出してから出勤までの30分の空き時間を喫茶店などで勉強し、通勤電車の中で講義動画を視聴していた。
反面、不合格だった社員は、勉強時間は気が向いたら30~60分、自ら他の社員を誘い自宅で飲酒と映画ゲームの遊び三昧、これでは合格の神様が見捨てても当たり前の受験生生活を送っていた。結果的に受かろうと努力した社員は合格し、運や偶然に期待した社員は当然のごとく不合格だったに過ぎない。
当社では、入社5年以上の社員が未取得の場合は、賞与査定の減点要因になっている。
不合格者だけが日常業務に忙殺されて勉強時間が取れなかったのなら仕方がない面もあるが、上司から強く言われていたからと惰性で受験していたのが大半である。受からなければならないという意識も希薄で自己管理と時間管理ができていないと認定されるからである。入社5年以上の社員が11名も含まれ、更に入社10年以上の社員も3名含まれている事は、それを物語っている。それを立証するように、今年入社予定の大学生1名が合格していたことは、不動産の未経験者でも、本人の意欲次第で合格は可能だという事である。
毎年口を酸っぱくして「必須資格」だと連呼しているが、「空き家で声嗄らす」で、本人たちはその必要性をあまり感じていない。米国のように資格を認定されないと業務に就けないとか、損害保険や生命保険のように資格がないと勧誘できないとの規制があれば当然試験に向き合う姿勢も異なるから、今後の法律改正を待つしかないともいえる。
昨年度は、コロナ禍の騒ぎもあり新卒研修は在宅が主体となっていた。その為4月上旬の初期導入研修を最後に5月15日迄テキストによる座学になった。ビジネスマナーとかの実技研修はすべて中止、業界動向に関する基本的知識もテキストによらざるを得なかった。それと合わせて、宅建試験に向けてネットによる問題を提示し解答させることにした。その結果もまあ満足できる結果だったため、今年の宅建試験はかなり期待できるものと考えていた。
5月16日からは本格的実務研修も始まったが、それなりの効果が出ており、帰宅後の受験勉強も当然していると考えていた。しかし、その結果は2020年度新卒入社6名中合格者ゼロという残念な結果になった。快活な返事とポーズに期待しすぎ、確認を怠った結果だった。
当社では、ここ数年宅建試験に合格したのは女性の方が多い。
先進国で共通する問題だが若い男性が「劣化」しているといわれて久しい。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、各国の学校で男子は女子より成績が悪い、落第する生徒も多い。
少し古いデータだが、労働でも悪い指標が並び、20代後半~30代前半の男性失業率の世界平均は9%(2012年)で約40年前の4.5倍と悪化している。こうした現状から「やる気のない」男達が急増している状況が推測できる。では現実の困難を避けた「彼らは何をするのか?」と言うと安全な場所に引きこもる事を選んでいるらしい。自室でゲームやオンラインポルノに熱中し、思い通りの快楽を得られる仮想現実の世界に没頭しているとか、勤務先でも責任のある仕事を避け残業時間や休日数に就職の条件を課している。背景には「男が一家の大黒柱にという伝統の価値観は息づいていて、期待に応えようと思うが、不況と生活費の高騰で幸せな家族ライフは得られそうもないと早々に絶望してしまう」と同情的な評価をする学者もいるが、彼等は自己愛が強くストレス耐性がない。
これでは企業戦士としては使いものにならないし、生活人としての生きざまも覚束ない。戦士、生活人という言葉自体、もはや死語になっているかもしれない。
パラサイトシングルという言葉がはやったが、男女雇用均等法以来、社会進出が望まれる女性への支援は手厚いが、引きこもる男性には冷たい。このあたりのボトムアップを計らなければ生産労働人口の総数は増加しないし、社会階層が二極化し貧困層の増加につながり治安の悪化にもなる。語弊がある言葉かもしれないが、これからは「人的資源管理」が必要だ。
欧米では女性も稼がなければ生活が厳しいという状況が広がった事で「らしさ規範」に変化が見られ、我が国にも広がった。これはかって男女分業制を前提とした役割分担で、家庭は就労の再生産場所としての期待があったためだ。家庭に「癒し」が求められていたから、女性は魅力的でなければならなかったし、花嫁修業という料理裁縫も必須になっていた。
ところが働き手である男性の所得が保証されなければ、家庭での女性の役割も変化が起こる。女性側の男性を見る目も変わる。仕事に進出するか、生活力のある男性に嫁ぐか、の選択肢が出てくる。職場でも「仕事が出来ない」男性と、「できる」女性が増えている。当社でもそれを裏付けている。仕事の質もジェンダーによる差がなくなっているから猶更だ。
近代人は社会や他人から必要とされたいという欲求を持つ。
この課題を満たす方法は一般的には仕事で認められる事、結婚して家庭を作る事の2つだ。
終身雇用制の下で「住宅すごろく」も成立した。持ち家は一人前の男のイニシエーションになった。男性は「仕事能力」と「性的魅力」が直結しやすいが、女性はそうでもない。その為、仕事ができない男性と「できる」「モテる」のどちらも欲しい女性は困難を強いられる事になり、それをクリアーする相手は限りなく狭まる。
以前、超有名企業に勤める難関大学卒の女性が、渋谷で売春をし、金銭トラブルから殺害された事件がマスコミを騒がせた。社内でもエリートコースを歩んでいた女性で理解に苦しむ事件だったのは、まさにこの点を暗示している。
昭和の国家総動員法類似の考え方で、今度は女性の管理職数や役員数が欧米と比べて少ないと糾弾し始めた。戦前、軍隊では「員数合わせ」が一般化して本来の問題点を糊塗したが、それと同じことが又起きている。員数が独り歩きしている。優秀な人は性別に関係なく昇格させるべきだし、男女比率は関係がない。今後ますます女性の進出はあらゆる分野で起こるだろうし、従来の男性上位の感覚を持つ組織は崩壊する事は間違いがない。男性陣の奮起を期待したい。
最後になりましたが、昨年12月に社長を辞任しましたので、前号より「会長の独り言」に名称を変えました。「独り言」を23年間も続けてこられたのも、「企業経営にゴールはない」証左だと思います。
不動産実務には直接タッチしなくなりましたが、大所高所から社業を見守るという形で関与していこうと考えています。これからもよろしくお願いいたします。
会長 三戸部 啓之