204号-2014.7.25

[ 2014.8.1. ]

204号-2014.7.25

組織改革と業務改善は企業の永遠の課題だ。その方法論は多岐にわたり、企業の規模や風土により変化する。当社では、そのツールのひとつとして「ピンチでチャンス」という報告書がある。略して「ピンちゃん」という。
前にも書いたが、以前はその名称が「業務改善報告書」だったが、名称が硬い! 素直に書きにくい!との要望があり、先の親しみやすい名称に変えた経緯がある。変更して3年たったが結果はどうだったろうか?平均して半期で2~3件、社員数で割れば6ヶ月で一人0.2枚、2年6ヶ月でやっと1件である。それも提出する社員は大体決まっているから、全体では5年間で1件という日常業務の改善改革とは言えないレベルである。その原因は「自覚がない社員」が未だにいるからだ。他人の知恵を借りるという発想がない。とは言っても、現状の流れを変えるのはとてもストレスがかかる。
多少ムリ・ムダがあってもなれている以上、このままの方が担当者にとって楽なことは間違いがない。 だから、次工程の社員や全体を管理するリーダーが自ら問題点を抽出し「見える化」しなくては、一向に改善されず従前のままで終わってしまう。リーダーは勿論だが、その業務を担当する社員に問題意識と改善意欲を維持させなくてはいけない。こういう組織風土は経営者が率先して作らなければならない、しかし現場にいないとどうしても体感的に捕らえることが難しい。物理的な時間を確保することは難しいとしても、それに変わる方策を自ら見つける必要がある。
当社では、そのひとつが「ピンチでチャンス」という報告書だ。

業務自体は自部門だけでなく他部門にもかかわるので、「他部門からでも起案してかまわない」といっているが、中々実行できていないのが現状である。
最近では毎月部門ごとに集計して月末にはそれを社内メールで流している。半期ごとに集計し、件数の多い部署には何らかの表彰も考えている。提出自体をゲーム化していけば気楽に業務改善提案ができるのではないかと実施したところである。業務改善自体、有形無形のコストに直結するが、特に無形のコストに対しては関心が少ない。

通常これを「失敗コスト」というが、得られるべき利益の喪失は本人の自覚がないと表面化してこない。「貰えるものが貰えなかった」を自分の行動や判断といかに結びつけるかが重要なのである。もちろんその上司も良い教育機会として捉えなければ意味がない。それも日常的な簡単な事例で説明しなくてはいけない。
企業は全て利益を確保する為に存続しているはずだ!その属する社員は所属部門が違っても会社から与えられた財布を持っている。会社の財布と自分の財布は同じだという意識が必要だ。

他人の財布からお金がなくなっても自分には関係がないと思っていると会社が財布を預けた意味がない。この辺は、皆さんが勉強した民法の総則編の行為能力を類推するとわかりやすい。新人には判断力から見て準禁治産者として保佐人(先輩や上司)がつく。法律行為(業務)に制限がつくからだ。入社して3年経過しても準禁治産者では彼らの適性を疑う。年齢の経過により様々な能力が劣化してくるので、その進行を遅行させる為にも、スキルを維持する為にも、自己啓発が必要となる。
間違っても若年寄り(幕藩時代の重要な地位ではない)や成年後見人が必要な社員では企業の存続は難しい。禁治産者、準禁治産者、成年後見は本人の自覚がないから、何時までも一人歩きできない。時たま思いついたように針小棒大に言うから扱いにくいが、これもコストと見れば気も晴れる。
ちょっと意識して周りを見れば、会社や得意先に損害を与えた・信用をなくした・貰えるものを貰い損ねた等々・・・たくさんある。そしてその中には作為と不作為がある。

作為は余程感覚が鈍いか、自己の直接的関与を否定する。不作為は知らなかった、わからなかったという理由が殆どだ。それも指摘されるまでは自分ではわからない。指摘されても認めない性格の悪い社員もいるかも知れない。事実を糊塗する社員がいるかもしれない。他で通用しないプライドで責任を転嫁したり、性格的に逃避するものもいるかもしれない。
彼らは自分の思惑とは異なり、全く世間では通用しない。そういう社員は他人が指摘しないと自らは理解できない。理解できたとしても自ら認めようとはしない。「自己をより成長させたい」「夢をかなえたい」と入社当時に面接で「熱く語った」あの姿勢はどこに行ったのだろう。それでは40年もの会社人生はときめきがないし、砂をかんだような会社人生なんて魅力もない。悲喜こもごもだから人生が面白い。恋人や奥様にプロポーズしたシーンをもう一度浮かべてほしい。今の君には寄り添ってこないだろう。あの当時、君が切った「約束手形」を不渡りにすることにもなる。信頼という口座を自ら閉鎖してしまう。
営業で言うならばそういう社員は、「仕事をください」「お願いします」という「お願い営業」になってしまう。自ら相手の懐に入って信用を勝ち取り受注に結びつくことがないから感動もない。これでは決して「かわいがられない、可愛くない社員」だ。可愛くない社員に相手の胸襟は開かない。受注が低迷している社員は殆どこの手の社員だ。プランも点検もないから改善の仕様がない。
そういう社員は自己弁護も強いから一番顧客から見て信用できない社員だし、必ず問題があれば責任転嫁する。しかも何年たっても顧客の側に立たず、自分の都合で動くから尚更だ。顧客満足がないから紹介も出ない。当社もこういう社員も抱えなくてはならない会社になった。以前ならご卒業いただいているか、辞めてもらう社員だった。

こういう意識の低い・適性も疑う社員でも、教え改善させていかなくてはならなくなった。
前からいる社員などは「社長!昔と違いずいぶん優しくなりましたね!」と褒めているのか、批判されているのか、首を傾げるほど痛烈な意見を言う社員もいる。20%の社員が80%の社員を支えている状況をパレートの法則というならば、過大な期待だと諦めることころだが、「厳しくとも楽しい会社を目指す」当社としては是認するわけには行かない。当社の考え方である「社員はパートナーである!」からすれば教育責任は逃れない。しかも家族共同体を志向する当社なら尚更だ。
そのためにも「ピンちゃん」は必要なツールなのだ! その本質を理解できない社員もまだ当社には残念ながらいる。彼らの言い分は「つるし上げられる」ことがプラスにはならないとの批判だ。

しかし彼らも代案はない。くどいようだがこれは「賢者の知恵を借りる!」ということに尽きる。渦中にある当事者には見えないムリ・ムダが少し離れた他部門からは良く見える。そういう指摘やアドバイスを受け止めてこそ、自らの成長も担保される。今はベストではないがベターなツールとして活用すべきなのだ。そうこうしている間にも当社の信用を失う行為や損害を与える行為が頻繁に起こっている。顧客から指摘されてから対処するのと、それ以前とでは信用度に大きな差がつく。
是非こういうレベルの社員が早く気付き、自己改善の糧になるよう全社で教育しなくてはならない。勿論自分自身も含めてだ。指摘することによって自分も鍛えられるからだ。一度なら許されることでも2度目は許されない。そのためにも「ピンちゃん」を活用してもらいたい。そしていろいろな角度から考え、教えられる必要がある。当然すべてを即理解できないから、何回でも指摘続ける必要がある。当の本人が起案しないなら他部署が起案することだ。それにより内部に間違いなく緊張感が出てくる。それが「切磋琢磨」すると言うこと、その積み重ねが組織を強靭にする近道だ。

 社長 三戸部啓之