210号-2015.1.25

[ 2015.1.25. ]

210号-2015.1.25

空

ある懇意にしている社会保険労務士との話の中で、たかの友梨ビューティクリニック((株)不二ビューティ)の高野友梨社長が昨年マスコミで「炎上」した事が出た。労働環境の改善を求めてエステ・ユニオンに加入した仙台支店の女性社員に対して、高野社長が急遽仙台を訪れ管理職等総勢18名がいる中で、2時間半にわたり強圧的な主張を展開したため、この社員は精神的ショックを受けて出社できない状況が続いていることから始まったらしい。その時の会話は録音されており、高野社長の発言を一部抜粋すると、
「労働基準法にぴったりそろったら、(会社は)絶対なりたたない」
「つぶれるよ、うち。それで困らない?」
「(他の社員に)組合に入られた?正直に言って」と結構過激な内容だったとの事である。
高野社長が本件で発した主な問題発言は、高野社長だけでなく、私達も気をつけなくてはならないことが含まれる。

 

 

 

〇「(他の社員に)組合に入られた?正直に言って!」  
  ⇒ 労働組合加入は、憲法第28条で定められ 労働者の権利であり否定できない。
〇「労働基準法にぴったりそろったら、(会社は)絶対なりたたない」
  ⇒  それを言ったらオシマイ。
〇「36協定は各店うやむや。知らないもん」  
  ⇒  本来サブロク協定がなければ1時間たりと、時間外勤務をさせることはできない。 
全国展開する高名な経営者が公の場で「36協定」を知らないと発言するとは驚きだ。

エステ・ユニオンによれば、同社は月平均80時間に及ぶ残業とこれに対する残業代の未払い、売り上げ目標未達成の場合の自腹支出、有給・産休取得妨害、研修費の給与天引き等多くの問題点が指摘されたが、これに対する高野社長の発言で「炎上」となっているとの事だった。
高野社長は現在66歳である。まさに団塊の世代で、戦後の青春時代をすごした世代だ。「坂之上の雲」であった良き時代のアメリカ文化にあこがれた世代だ。「追いつけ追い越せ」と誰よりも「頑張り」が尊ばれた時代背景があった。テレビのCMでも「オー、モウレツ!」がはやった。

当然、昔型の経営者ウェットマインド(労基法や有給休暇などつべこべ言うな!黙って辛抱すればそのうち良いことがある)の持ち主に違いがない。その証拠に今回の件で出した高野社長の声明では、「悩んでは一緒に泣いた、新年会や運動会で盛り上がった、青春の思い出を泣いたり笑ったり・・・」と叙情的な思いが綴られている。

しかしながら、現代では、社員が労基法を初めとした法令に基づき守られている点を考え、場合によっては在職のまま事業主を訴える極めてドライな労使関係であり、高野社長の上記の感覚にずれがあるのは逃れられない。このような「ウザッタイ」関係は若い社員には疎まれる。
今回の様に長時間に亘り詰問すれば“相手が精神的な損害を受け、出社が叶わなくなる”という事態になる事は当然予測しなければならないというのが昨今の一般的常識的見解らしい。

しかし、高野社長の肩を持つわけではないが、高野社長と同世代の我々からすると、その精神性は共感できるところもある。
そもそもパワーハラスメントとは、2001年に東京のコンサルティング会社クオレ・シー・キューブの代表取締役 岡田康子氏とそのスタッフが創った和製英語である。厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ」(2012年)は、『職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為をいう。
※上司から部下に行われるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる』という定義を提案した。今までは「上司の部下に対する指導」という名目で表面化することは極めて稀であったが、ここ最近では指導自体がクローズアップされ問題となっている。

家庭内暴力がドメスティックバイオレンスとして犯罪であるのに対して、会社内暴力は見逃されるという考え方ではなく、会社内暴力もオフィス・バイオレンスとして犯罪化し対処していく方向にある。パワハラは部下の能力や落ち度の問題だけではなく、上司のマネジメント能力やダイバーシティー(職場内多様性)の無さの問題と考えられるようになってきている。

上司が信頼されていない会社では、モチベーションが下がり、それを補うために懲罰的な叱責がなされる事がある。かえってそれが会社にとって致命的なミスにつながるという事が明らかになっている。欧米では、モラルハラスメントとして、英語ではブリー( Bully いじめ )という表現が一般的である。生死をかける軍隊でも「パワハラ」が問題になっているし、国内でも海上自衛隊の隊員が上司のパワハラを苦にして自殺した事が大きく取り上げられ、組織的体質を糾弾された事は記憶に新しい。殺すか殺されるか、の極限状態にさらされるチームでも問題とされる点を忘れてはならない。
誤解を恐れずに言えば、教育・指導とパワハラの境界は結構あいまいな点にある。上司からすれば一人前の兵士にするべく教育指導をすれば、相手の取り方次第でそれがパワハラに成ってしまう。軍隊のような組織でも例外なく一般的解釈が取り上げられるなら、通常の企業では尚更だ。
キーワードは信頼と自己満足だ。それがあれば肯定的に向き合えるし結果も納得できる。仕事では「しんどかった」に成るが遊びでは決して言わない。ここでもコミュニケーションスキルが求められる。当事者が様々な当為を納得している事が前提に成る。専門的用語で言えば、人間には「社会規範」と「市場規範」というものがある。例えば近所でボランティアによる清掃活動があったとする。多くの人はボランティア精神にのっとり清掃活動を行う。しかし、もし「清掃活動に対して地区から一人500円を支払いますよ」という提案があったら、多くのボランティアが参加しなくなるだろうし、その対価性も問題になる。前者のボランティアで活動するのが「社会規範」で、後者の、報酬を貰って清掃するのが「市場規範」になる。
市場規範に価値判断が移れば、一時間の清掃活動で500円は割に合わないと判断し、結果、参加を拒否するようになる。このように、お金というものが介在すると、人間の心は市場規範に従うようになり、同じように体を動かしていても気持ちの持ちようが大きく違ってくる。
給料を貰って仕事をしているときは、人間の心は「市場規範」に従っているので、純粋に仕事を楽しむことは困難だ。厳密に言えば趣味や遊びは社会規範にはならないが、自己充実と言う意味では合致する。だから金銭的報酬だけで社員を沈黙させることはできなくなっている。では、どうすれば仕事を楽しむことができるのか?

与えられた仕事を自分なりの独自の工夫をして、それがうまく行ったら、かなり楽しい気持ちになれるに違いない。更に会社に来ることが「楽しい」ならば「仕事も趣味」の内に入る。そしてその努力がきちんと評価されるような組織なら達成感や充実感も出てくるはずだ。家族もその中に入るならより強固にも成る。仕事場が刺激的で団欒の場になるなら上手くいきそうだ。様々な考えの社員がいる組織は、これといった正解はない。しかし、会社に入って良かった、成長したといわれる組織にはまだ程遠いが、経営者人生の永遠の課題としてトライしたい。

                                              社長   三戸部 啓之