[ 2017.5.25. ]
238号-2017.5.25
リニューアル事業部で起こった事例だが、1200万の工事請負をあるマンション再販業者から請け負った。その業者は当社とは初めての取引なので調査を兼ねて与信調査後、相手先を訪問した。その印象は、東京の立派な事務所で、応接室も当社と比べ物にならないぐらい調度品や什器も立派であった。しかも受付嬢も若い美人で印象が良かったということだった。
当社の担当が経験の浅い若い社員だった事もあり、当社の事務所や街場の不動産屋を見ているから余計好印象を持ったのだろう。更に2年後に上場を視野に入れている企業と聞いて信頼したかもしれない。
請負内容は築古のマンションの内装工事とキッチン、バスルームの改修と設備機器の交換だった。当初は今回トラブルとなった配管工事は含まれておらず、見積書上も機器設置のみだった。
見積もりを出し、いよいよ契約に入ったが、先方の要望で契約書は「今まで作ったことがない!」という強い要求が出され、その再販業者も当社の取引先の紹介だったこともあり、注文書で請け負った。紹介先に問い合わせたところ今まで注文書で受けていたが、トラブルもなく問題がないという事であった。特に支払期日も遅延する事もなく約定通り支払われていたらしい。当社でも引き渡し検査後(検査というレベルではなかったと聞いている)全額代金を振り込みで回収した。
ところが引渡し後、購入した入居者から漏水のクレームが入った。調べたところ、埋め込み式給水管はあるが風呂の排水の床下配管がなく、しかも途中で切断され外部に接続されていないことが判明した。通常では考えられないことだが、中古マンションの再販業者は見えるところしか手を入れないし、後は全て下請け業者任せである事が多い。問題が発生したら力関係で下請けに全責任を負わせているようだ。相手からはこの件で130万の損害賠償が請求された。
「今後とも当社からの工事発注を期待するのなら、黙ってやれっ!」という態度が垣間見えた。
当社で善後策を協議したところ、以下の点が判明した。
① 注文書はあるが約款が添付されていない(請負総額と支払い条件のみ)
② 請負代金は当社の指定口座に振り込み(それが後日とんでもないことになる!)
③ 単なる内装工事、設備の設置工事と見ていた(見積上)
④ 見積書に見積もり条件が書いていない(配管が設置されている事が前提だと!)
⑤ 完成時追い炊き検査をしていない(通水検査のみ)
⑥ 責任者がリスクヘッジをしていない(設計図書と見積もりの整合性、トラブル時の挙証責任)
以上のように書くと、そんなことは当然だという意見になるが、実際はどこでも起こる可能性がある。
建築の請負は「字のごとく請けると負ける」と書く。だから受けた側は相手のクレームリスクを予想し図面や見積もりで内容の齟齬を避けるように、打ち合わせ簿や資料で完璧を目指す。 契約約款がないと民法の一般規定に準拠するが、細かいところは相手の言いなりになってしまうということが多くなる。民法は任意規定なので反証を挙げる立証責任はこちらにあるが、現実的に不可能だ。
「建築屋上がりは、不動産屋はできるが、その反対はできない」と言われるが、それは、契約後の仕様変更、色柄、設備機器の変更が多々あり、手離れが悪いからだ。建築屋上がりは、いつも引渡し時のクレームで代金回収ができないことを身にしみて鍛えられている。だから残金は遅くとも引き渡しと同時か、引き渡し翌日となっている。以前は、残代金10%は引き渡し後30日後なんてこともあった。でも最近は建築屋もワンパターンの仕事が多く、契約書の条文を読み込むこともないし、こと詳細に説明していることは少ない。請負部門とアフター部門が別になっているので、「とりあえず残金をお支払いしていただき、アフター部門が全責任を持ちます」という事も多くなった。回収リスクが軽減されてきた訳だ。この喩えは今後「都市伝説」なるかもしれない。
東京のデベロッパ-を含む再販不動産会社は大手中小を問わず、アッと驚くすばらしい内装や若い美人の受付を置いている。つまり、外見で相手からの信用を得るのだ。
ブランドの服や時計、高級外車(最近はテスラやマセラッティーらしい)の3点セットで、景気の良さや会社の大きさを強調する。人をだます人や会社は、一見そうは見えない。だますテクニックも多種多様だ。投資や老後の安心を買わせるために、顧客に夢を与え、信用を与える必要がある。プラス面は最大限に、マイナス面は最小限に! 記憶に残るのはプラス面だけにするようなヴィジュアル操作も当たり前になっている。
さて数度の話し合いも膠着状態になり、彼らは、突然当社の銀行口座に仮差し押さえをかけてきた。結局訴訟になった。それが判明したのは、当社の取引銀行の課長からの第一報だった。口座自体に資金的余裕が十分あったため別に問題はなかったが、その暴挙に驚き、当社顧問弁護士と対応を協議し応訴する事になった。そこで仮差し押さえの件については「信用棄損による損害賠償70万として反訴」で対抗した。弁護士によると「このような少額で仮差押えを行う会社は相当悪質で下請業者の恫喝を常態化している」とのアドバイスもあり、当社としても徹底的に戦う事になった。
何回かの口頭弁論を経て平成28年5月26日の第1回口頭弁論期日から約9ヶ月後の1月に和解案が出された。それは双方の請求額を実質上相殺(原告:反訴被告が請求額130万を放棄し、被告:反訴原告・当社が反訴請求70万を放棄)し、実質的な勝訴となったので2月1日承諾した。結局、相手方が徒労に終わったことになるが、弊社の顧問弁護士のO先生、K先生の戦術の巧妙さでここまで持ってこられたのであり、司法の判断は相手方の主張を全面却下したわけではない点を重く受け止めなければならない。
その教訓は、仕事の原則を守ることに尽きる。契約書の精査、後日の紛争を防止するため付属書類の確認、打ち合わせ記録の保存であり、契約書は形骸化するのではなく、後日の紛争を防止する最後の砦になる点を忘れないことだ! 特に小額の注文といえども受注・見積もり条件は明記すべきだという事になる。そこで社内で注文書(注文書、追加注文書、減額注文書、ゼロ注文書)の意義と注意点を明確にした。
東京商工リサーチによる「顧客訪問時に注目すべきオフィス内部のチェック項目!」が参考になるので周知しておきたい。
1. 建物出入口
防犯カメラの設置台数が極端に多い。正面入り口のドアが際立って立派であり、出入口が複数個所存在する。 不良在庫が山積みとなっている。倉庫内の在庫の置き方が雑であり、加工廃材や余材などが放置されている。
2. ホワイトボードの記載内容
営業マンの人員を把握できるだけでなく、アポイントの状況によって繁忙度・受注状況を類推する。建設業者の場合、工事現場の看板に記載されてある着工・竣工状況から実績について確認できる。
3. オフィス内のカレンダー等
取引先から受け取った販促物である場合があり、カレンダーに記載されている企業名が取引先一覧にない場合には一応確認する。カレンダーなどにプリントされている変わった紋章やロゴマークから、懇意な取引先が判明する。
楯・表彰状・写真など技術力・商品力や過去の実績を裏付ける場合があるため、応接室や社長室に飾ってある賞状、楯、トロフィー感謝状などはチェックする。
私募債発行記念楯を飾ってある場合もあり、そこから取引銀行や資金調達方法が判明する。
政治家や有名人と社長が一緒に写っている写真などから、人脈の広さを垣間見ることができるが、これらを必要以上にアピールしている場合には、見栄や虚栄心の強い社長と判断できる。
これらは与信判断の参考で、各種登記情報や財務情報などが、企業を評価する上で最も重要な指標であるが、実際に取引先へ足を運び、自社の営業担当者が見て確認した情報も非常に重要だ。
定量的側面と定性的側面の両方に注目して、バランス良く取引先の情報を収集する事が肝要である。
社長 三戸部 啓之