309号-2023. 4

[ 2023.4.1. ]

309号-2023. 4

最近よく目にする言葉が「心理的安全性」だ。会社組織が上手く機能するためには、社員の心理的安全性をいかに確保するのかが、大切だと言われている。
例えば「意見を出すとすぐに否定される」「失敗すると人事評価に響く」「新しい企画を考えて提案すると、その推進担当に任命される」これらはいずれも社員の心理的安全性を脅かす行為と考えられている。こんなことを言うと面倒な奴だと思われないだろうかと口をつぐむ。皆が気兼ねなく意見を言え、自分らしくいられる心理的安全性がないからかもしれない。

日本の組織では、話しやすさ・助け合い・挑戦・歓迎の4つの因子があるときに心理的安全性が感じられるらしい。そしてこの歓迎は、多様性と包摂、所属意識とも深い関わりがある。
趣味嗜好や価値観が同じ人々が集い、モノやサービスを通じて他者と繋がる喜びやコミュニティーの一員であるという安心感により価値を感じる。これでは国が音頭を取っているダイバーシティーなんて絵に描いた餅になる。

我々団塊世代の経営者からすると「何をそんなに甘っちょろい事を言っているんだ!」と思われるかもしれないが「社員の意見を経営に反映させたい」「社員には果敢に挑戦してほしい」「経営者視点で行動できる社員を育てたい」と考えれば、「意見を出すとすぐに否定される」⇒「だったら今度からは黙っていよう」、「失敗すると人事評価に響く」⇒「それなら指示通りにやっていた方が楽だ」、「新しい企画を考えて提案するとその推進担当に任命される」⇒「自分はアイデア出しだけだったのに余計な仕事が増えるので嫌だ」となるので、注意が必要となる。3年前のことを持ち出して『あの時はこうだった』と言うこともある。つまり、心理的安全性が犯された事実を社員は3年経っても忘れていなかったわけだ。

人は「楽しいこと」は「ざっくりとしか覚えていない」反面、「つらいこと」は「詳細に覚えている」。 これは人の本能として、つらいことは二度と繰り返したくないという危機回避能力が働くために、「楽しいこと」や「嬉しいこと」より、「つらいこと」、「嫌なこと」をより鮮明に記憶する傾向があるからだといわれている。仕事は厳しいのが当たり前だという価値観を持っている人からすれば、「職場で心理的安全性を確保する」と言ってもピンと来ないかもしれない。いつでも嫌になったらやめる「逃げられる人」なら猶更だ。

しかしながら、人の本能は「楽をしたい」「苦を避けたい」ということから考えれば、職場に心理的安全性がないということは、周りに猛獣がいる環境の中に、武器も持たずに裸で放り出されているのと同じだともいえる。もし、我々が「職場で心理的安全性を確保する」なんて社員を甘やかしているとの考えであれば、それは我々の思考の癖からくる考え方だといえる。一人ひとりの感情や考え方は違うことを前提にして「心理的安全性が確保されている職場」「心理的安全性が確保されていない職場」を比較し、どちらの方が会社の業績が良くなるのかで結論を出すべきだが、組織の構成員のレベルやリーダーの性格によって大幅に変化する。ヒエラルキーがある垂直的組織(トップダウン型)と水平的組織(ボトムアップ型)の違いともいえ、一長一短がある。

この問題が最近脚光を浴びてきたのは、過去30数年にわたる景気の低迷で、従来のトップダウン型の組織では成長が望めないことが大きな理由である。組織の構成員が現場を熟知しており、問題点や見通しも殿上人である社長よりも、進路選択に間違いが少ないからだろう。つまり3人集まれば「文殊の知恵」の現代版である。欧米では全く取り入れられない経営観だ。経営意志の決定を被用者に負わせるもので、日本独特の村落共同体の責任の取り方だ。ここにはだれが責任を取るのかという一番大事な点が抜けている。

これは今に始まったことではなく日本人のDNAに近い。社長の給与の日米の比較でも、国内の一部上場企業の社長の年収の10倍~50倍、一般従業員の200倍という信じられない年収にも表れているように、最終的な経営責任者が明確になっている。日本人には「本音の欲望を抑えるのが良い」「我慢が良い」と言った文化がある。アメリカではプラスのイメージがあるアメリカン・ドリームも日本では、成り上がり者と明らかにマイナスのイメージが伴う。

失敗を許容しない文化でもある。最初はチヤホヤされたとしても、何かやらかしたら、突き落として溜飲を下げる事が一般的で「陰湿な嫉妬の感情」に象徴される。「ホリエモン」こと堀江貴文氏に対するバッシングなどが枚挙に暇がない。本音の部分の抑圧が強ければ強いほど、逆に捌け口を欲してしまう。評論家の守屋淳氏によると日本特有の「匿名文化」を形作る一つの要因になっていると指摘する。先の太平洋戦争の敗戦責任も誰一人取った高級政府官僚や軍官僚はいないし、「一億総懺悔」とその責任は国民全員に転化した。

直近でも2020年3月に豪華客船ダイヤモンドプリンセスから始まったコロナ騒動で、欧米各国や共産中国のように強権発動による罰則やロックアウトで感染の鎮静化を図るのではなく、緊急事態規制法制の整備がない点を考慮しても、自粛要請という、あくまでも国民の任意の行動規制によっていた。人に感染させない、迷惑をかけないという日本人の道徳観念に依拠したもので、欧米の自由主義の立場とは根本的に異なるが、何の暴動や混乱もなく沈静化したのは、日本国民の特異性を如実に物語っている。

聖徳太子の「和を以て貴しとなす」仏教観は1400年後も立派に生きていたといえる。この協調性を重んじる点が先の心理的安全性につながっている。この背景を考えれば、30年に及ぶ、国内の閉そく感と経済の低迷から脱するフレーズとして膾炙されたともいえる。

新入社員の「夏場の壁」も最近話題に上る。環境の変化に加えて、酷暑による身体的ストレスが「夏うつ」を引き起こす可能性がある。この時期は仕事の現実が見えてきた証でもある。人間関係や仕事に悩む時期だ。給料をもらって労働することには、興味のない仕事をすることまで含まれる。楽しくない、つまらないと決めつけずにいかに意味を見つけていけるかが問われる。今春入社した新人も気兼ねなく発揮できる心的安全性が高い職場を好む傾向がある。

リクルートマネジメントソリューションズが2022年3月から4月にかけて調査した新入社員意識調査では、働きたい職場の特徴として「互いに助け合う」と答えた割合が過去最高の70%に達した。上司に期待することについては、10年前よりも14ポイント上がったのは「一人ひとりに対して丁寧に指導すること」44.2% 。逆に約15ポイント下がったのは「言うべき事は言い厳しく指導すること」21.1%だった。「職場ガチャ」「上司ガチャ」と言う言葉がSNS上で目立つ。職場や上司は選べず運任せと言う意味で、厳しい上司に当たれば「上司ガチャが外れた」とつぶやく。新入社員の早期離職が増える中、環境作りにとどまらず、受け入れる上司側の意識も変える必要があると指摘されている。

堺屋太一氏によれば超安定化による不胎化現象として「欲ない」「夢ない」「やる気ない」3Yない社会の出現だ。従来の垂直型ヒエラルキー組織の中で従事してきた団塊世代にはなかなか理解できない点だが、少子化による生産労働人口が2050年には3000万人も減少する中では、「軟弱な奴ら」と糾弾できない。

以前、地方の中卒を集団就職で都会の生産工場に誘致し「金の卵」と称し手厚い待遇を与えたが、今や「軟弱な大卒」を何と呼ぶか不明だ。上げ膳据え膳で処する事が当たり前になってきた。

幼児化したニッポン社会の将来は?団塊世代はあと10年もすればいなくなる。

会長  三戸部 啓之