314号-2023. 9

[ 2023.9.1. ]

314号-2023. 9

 1月の独り言306号でも指摘しているように、宅建試験合格の為の基本スキルの一つに、中学レベルの読解力がある。特にテコ入れが必要な8名に、まず読解力養成として「2分で読解力ドリル:西隈俊哉著(Gakken)」を与え、2ヶ月間それに集中させた。本格的な宅建士の受験勉強は4月から臨ませることにした。その進捗度確認として220日に開成中学をはじめ都内難関中学の国語入試問題を「超読解力ドリル:善方威著(かんき出版)」から15問提示し実施した。特に間違いが多かったのは以下の問題だ。(答えは文末参照)テスト結果70点以上を合格とし、不合格者には「読売新聞の社説」を150字以内にまとめる課題を出した。結果的に2名が不合格となり、3月末まで週3日分の社説をまとめ提出させることにした。社説自体9501000字なのでそれを150字以内にまとめるには、読解力と要約力が必要とされる。

2ケ月弱の短期間で飛躍的に読解力が向上するとは期待できないが、今年度の宅建試験にはある程度は寄与するだろうと期待している。残りの6名には9月までの行動管理表を作成させ2週間ごとにチェックし月末には個別面談を実施することになる。行動管理表は、自分が不合格となった要因を5つに因数分解してもらい毎月数値的に検証できるような項目にしてもらった。

読解力に着目した理由は、2019年に新聞紙上でセンセーショナルに報道された「PISAの日本の順位」だ。PISAとは、OECD(経済協力開発機構)が3年おきに実施する、国際的な学習到達度調査「Programme for International Student Assessment」の略称だ。

日本の順位は20124位、20158位、201815位と年を追うごとに順位を下げている。2018年の結果では今までと違いパソコンを使用した解答だったり、問題形式が記述式だったりしたことが順位を下げた理由だとの報道もあったが、間違いなく日本人の読解力が落ちているのは否めない事実だ。議論の発端は「失われた30年」に近因がある。グローバル競争と言うゲームに参加することのリスクをストレートに考え、競争競争とやたらと煽り立てる競争市場主義が、2010年頃から社会に蔓延した。

楽天の三木谷浩史会長兼社長はいち早く「英語の社内公用語化」を公表した。「英語を話せなければ仕事にならない」「ライバルは国内だけでなく、中国、韓国など世界中にいると思え!」「日本でしか通用しないような人はもういらない」と言ったコメントが連日新聞紙面に踊り、グローバル人材と言うクールな言葉を盾に「できる人だけしか生き残れない」と暗に格差社会を助長する風潮が高まりを見せた。他の大手企業もこれに追随した。同時並行で自己責任論が闊歩するようになり、昭和の「貧乏人は麦を食え!」と同義になった。

教育界も国語擁護派と英語派に二分したが、実業界の要請から英語派に軍配が上がった。「グローバル人材=英語ができる人」と言う幻想の副作用をもたらした。

英語教育偏重が加速したことで、若者の日本語力が著しく弱体化したと言う指摘が相次いだ。大学の英文の講義で「often」の意味を調べた学生が、英和辞典に書かれていた「しばしば」と言う意味が理解できなかったと言う珍事件を新聞が取り上げ、大学関係者の間で話題になったことがある。教師が「よく〇〇するってことだ」と説明しても、学生は理解できなかった。学生にとって「よく」は「good」でしかない。日本語の語彙力が圧倒的に欠如していたのだ。

またこんなエピソードも有名だ。20代の部下に「910分前には集合するように」と言ったところ、キョトンとされ、まさかと思いつつ「850分に来るように」と念押しすると「アッ、そういう意味ですね!」とやっと理解したと言う、まるで冗談のような話がまことしやかに言われていた事もある。

日本語の読解、記述力が不十分だと、数学の文章問題は理解できないし、理論構成が支離滅裂な解答しかできない。入居者とのクレーム対応にしても、相手の言い分をきちんと理解していないと、とんでもない大きなクレームに発展することもある。

思考力も、想像力も、全て母国語=日本語の運用能力に支えられている。英語によるコミュニケーション能力を高めるには、その基礎となる国語を適切に理解し、表現することが必要不可欠だ。

母国語である日本語で思考できないことを英語で話すことはできない。例えば、日々暮らす場所であると言う意味を「家」と言う語彙で概念化することで、形や色が違っても「家」と知覚できる。言語で表せる範囲が、その人の認識世界で母国語の語彙が豊富であればあるほど、知識が広がり、感情の機微も複雑な人間関係も理解でき、想像力も高まっていく。我が国ほど母国語を大切にしない国民も珍しいと言われる。その影響からか、若者の言葉も乱れは目も当てられない。昭和おじさんの世界では全く理解不能な言葉が飛び交うし、機関銃のように次々と飛び出す。

若者言葉の種類は大きく分けると、短縮語(言葉を短縮)、KY語(アルファベットを用いる)、もじり語(ある言葉をもじる)、ギャル語(若い女性が使う)、ネット語(インターネットで使われる)があるらしい。「写メ:写真をメールで送る」「キモい:気持ち悪い」位は理解できるが、「すこ:好き」「イケボ:格好いい声」「とりま:とりあえず」「草生える:ウケる」となると理解不能だ。こうなると特定のグループの符牒・隠語に近い。日常の会話で素人が話すことが異常なのだ。おじさん世代を含め世の識者が「正しい日本語が失われる!」と警告を流すのも頷ける。言葉にはその国の文化と歴史が包含されている。

言葉を大事にするという事は住んでいる地域や国の文化を守ることにつながる。勿論言葉も時代により変遷する。かって我が国は皇民化教育の名の下に、朝鮮や台湾で日本語を強制したが、その国の文化まで否定し大きな代償を支払ったことがある。言葉の乱れは文化の乱れにも直結することを忘れてはならない。言葉の意味を正しく把握することは読解力の前提になる。

ともあれ、今年度の宅建試験には当社から36名が受験する。合格者数10名(合格率約30%)に期待したい。

                        会長  三戸部 啓之 

            【 問題解答:ア 】