316号-2023. 11

[ 2023.11.1. ]

316号-2023. 11

ウェルビーイング(well-being)という考え方が、最近叫ばれている。
「身体的、精神的、社会的に、良好な状態になること」を意味する概念だそうだが、少子化を踏まえた労働者の健康やワークライフバランスを整えるために重要な要素である、という認識が広まりつつある。

 ウェルビーイングが、ビジネスの場で注目されるようになった理由のひとつに、働き方が多様化していることが挙げられる。近年では従来のように、朝オフィスに出勤して定時まで働き、退勤するという画一的な働き方ではなく、個々のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方が、より重視されるようになっている。このような「自分らしい働き方」を実現する上で、ウェルビーイングの考え方が注目されているといえる。

 そもそもそういう考え方は、キリスト教圏に通底する原理だ。労働自体が神から与えられた罰で勤労思想というものがない。生活資材がいきわたり、ある程度生活水準が確保できれば、余暇を楽しむ事が主眼になる。しかし、貧困が生死を分かつ発展途上国では、そうもいかない。生きるために時間を惜しんで働かなくてはならない。働けるなら寸暇を惜しんで、一日中働きづめにならざるを得ない。そんな場所では、ワークライフバランスなんて絵空事だ。かって我が国も昭和40年代までは、社畜と揶揄されながら猛烈社員が礼賛された。茶の間のテレビCMも「24時間戦えますか!」「おおモウレツ!」と流され続け、家庭を振り返りもせずガムシャラに働き続けた団塊の世代がいた。それが驚異的な高度成長に結びついたのだ。その果実をもとに現在の豊かな生活がある。

 節目が変わったのは、2007年12月、関係閣僚、経済界・労働界・地方公共団体の代表などからなる「官民トップ会議」において、「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」が策定されてからだ。

 我が国は残念ながら黒船来航、明治維新も含め外圧がないと変革ができない体質がある。これも例のごとく発祥地はEUだ。20数年前に日本の住宅事情を「ウサギ小屋」と揶揄した事もある。劣悪な住宅に住み、長時間労働をいとわない事が、安価な日本製品の大量輸出につながり、EU諸国の産業を窮地に陥れた為、輸入対抗措置としてISOシリーズを押し付けた経緯がある。従来から日本製品はデミング博士の指導の元に「安かろう、悪かろう」の品質を「安くて高品質」に変えた事が、EUへの大量輸出になったのは当然だが、彼らは狡猾な手段で新たな貿易障壁を作ったのだ。こういう例はたくさんある。日本人を含めた東洋人が金メダルをとると、早速オリンピックでも水泳のバサラ泳法は禁止されたし、スキージャンプのルール変更など日常茶飯事だが、異を唱えることができないのは残念だ。そこには本音としての白人優越主義、黄禍論がある。

 政府とマスコミは折に触れて少子化を唱え国家衰退の危機を連呼している。少子化の契機は2020年の出生数が84万人、合計特殊出生率が過去最低の1.33になったからだ。社会保障制度の影響は大きく、このまま推移すれば2060年には高齢者一人を労働者人口が約一人で支え、給付水準を含めた保証制度は破綻するからだ。人口減少により内需が減少すれば、企業は発展性の乏しい屋内事業への設備投資を控え、従業員の雇用も減少する。人口減少は労働投入量の低下を意味しGDPを下げる。雇用機会の減少は若年齢層に経済的不安を与え出産の控えにつながる。

 人手不足により長時間労働が常態化すればさらに少子化が進むという悪循環になる。人口の少ない自治体では産業やサービスが維持できず、倒産や廃業、事業撤退などが進んでいくことになる。これを防止するために、政府は定年の延長とアンチエイジングの意識改革、女性労働者の復帰促進と管理職登用枠の設定、育児介護休暇等を強制した。これは戦前の「産めよ!増やせよ!」の現代版と言える。余暇時間を作り副業を認め、子育て支援制度を完備し、ある程度の経済生活基盤に余裕があれば、子作りに励むだろう!というわけだ。

 どこもかしこも労働生産人口の激減を踏まえた「人材が定着する環境作り」が求められている。日本をはじめとした先進諸国では少子高齢化が進み、労働人口の減少による労働力の不足が重大な問題となっている。一方で企業の求人は全体的に増加しており、人材が減少しているにもかかわらず求人が増え続けている、というアンバランスな状況にある。
 このような採用難の時代に人材が定着する環境を整えるためには、従来のように給与と待遇を上げるだけでなく、ウェルビーイングを重視した労働環境を意識することが大切になってきた。仕事だけでなく余暇も充実させる「ワークライフバランス」の実現は、今や企業の重要な経営課題となっている。
 まず挙げられるのが、働き方改革の推進だ。特に、仕事と出産や育児・介護の両立、女性活躍を実現するために、ワークライフバランスが重要とされている。


 そもそも、働き方改革の背景には、昭和の時代と、今の令和の時代に求められている働き方の変化がある。昭和の時代、日本は高度経済成長期で人口も右肩上がりで増加。この時代に求められていた働き方は、夫が正社員として、定年まで一社に勤め上げることだった。また、終身雇用で、雇用や給与の上昇も保証されているため、家庭内での役割は、夫が外で稼ぎ、妻は専業主婦として家事や育児に専念するような分担が一般的だった。人口の増加が国富と連動していた。

 しかし、高度経済成長が終わり、バブルが崩壊して以降、状況は一変した。少子高齢化が進む日本では、労働力が不足している。このような状況の中で社会的に必要とされていることが、「女性活躍」であり、家事や育児、介護と両立をしながら、仕事を行うことなのだ。同時に社会の価値観としても、女性活躍をはじめ、多様な働き方や生き方を望む声も大きくなっている。社会の価値観が相まって働き方改革は推進されており、その実現のために、ワークライフバランスが注目されている。その理由の一つに、「ブラック企業」の増加がある。

 

 最近では、一般的な言葉として耳にする機会の多い「ブラック企業」だが、従業員に厳しい労働条件を強いるなどして社会問題になっている。ニュースなどで実例が報道される機会も多く、たくさんの労働者が「自身の会社の労働環境に問題ないか」「今後働く予定の会社の労働環境は適正か」など敏感になっている。「ブラック企業」の場合、従業員の定着率も低く、求人に応募も来ない、採用上で不利なのだ。


 これらの社会的状況や従業員、応募者等の声を受けて、企業側も健全労働環境(ホワイトな環境)の整備、つまりワークライフバランスが求められている。

 ここまでは誰も反論できないが、肝心な点は抜け落ちている。従業員の労働環境を整備し、モチベーションを上げ働きやすく、高収入を維持することは大事だが、今の労働法制には基本的な問題がある。「解雇制限法理」という楔(くさび)だ。

 企業経営は売り上げを伸ばし適正な利益を出し続けることが使命だ。その為に従業員が存在するのであるから、それに対する厳正な評価と待遇がある。従業員も当然、スキルを磨き成果を出し続けなければならない。従業員が減少する以上、各従業員の生産性を上げるしかない。その役割ができなければ、去るのが道理だが、権利保護が前面にでて雇用の流動化が図れない。

 最近リカレント教育が様々な場所でいわれているが、当たり前の話だ。常に最新のスキルを身につけなければ企業戦士としては活用できないし、顧客の信頼も得られない。優秀な社員にこそ職場環境を整え教育投資をする。企業が存続できるのは社会にとって有用だからである。従業員も有用だから雇用するのである。歪曲した過度な人権福祉思想は企業の成長を阻害し、競争淘汰されることを銘記するべきだ。

 

                                                                                                                               会長  三戸部 啓之