323号-2024. 6

[ 2024.6.1. ]

323号-2024. 6

 

ヒアリング能力の重要さは巷間よく言われるが、中々身につかない。よく接客の事例で上げられる有名な逸話を2例挙げてみたい。とある街の電気屋さんでの話だ。

  1. ★店員:「お客様のご希望の型は一つ古いタイプなので当店には在庫がなくお取り寄せになりますのでお時間がかかってしまいます」「でも同じメーカーから新機種が出ていてお値段も安いです」「サイズも一回り小さくて機能も節電効果もこちらの方が優れています」「こちらなら在庫がありますのですぐお渡しできますよ。色もご希望のグレーですし・・・」

  2. おばあさん:「え?あたしの欲しい型はないってこと?あたしはそれが欲しいのよ!」 
  3. ★店員:「こちらの新機種は操作も簡単になっていますしお客様のご希望の型のものよりもずっと使いやすいですよ」
  4. おばあさん:「うーん、でもやはりあたしの欲しい型でないとだめなのよ・・・」 
  5. ★店員:「今、キャンペーン期間中でしてこの場でご購入いただきますとポイントが2倍つきますし、無料保証期間も1年のものが2年になりますよ」 
  6. おばあさん:「もういいわ・・・他を当たってみるから・・・」

 

電化製品は次々と新製品が出るのでこの手のやり取りは多くある。店員さんは親切・丁寧に説明しているので対応も間違っていない。業績が低迷している営業パーソンに共通な対応で、客のニーズを聞き出し解決策を提案するより、一方的な商品説明に終始しているケースが多い。こちら側の都合を押し付けている結果になっている。だから下記のような「質問」を一言してみれば展開も全く変わってきたかもしれない。

  1. ★店員:「そうですか。お客様はこの古い型の炊飯器に何かこだわりでもおありで??」 
  2. おばあさん:「いえね。実はそれ息子夫婦が去年買ってくれた炊飯器なんだけど、この間うっかりあたしが壊しちゃってね・・」 「今度の連休に息子夫婦が家に遊びに来るのでそれまでに同じ物を買っておきたかったのよ」 
  3. ★店員:「なるほど、そうでしたか」「それではメーカーに急ぎでお取り寄せできないか問い合わせしてみましょう!」 
  4. おばあさん:「ホントに?助かるわー」 

このように、相手にはこちらの想像もつかないようなニーズの優先順位があるのを常に頭に置いておき、まずはそれを聞き出すのが重要なのだ。これが今どこでも言われるコンサル的営業と言われるものだ。価格のことばかり気にしている営業パーソンが多いが、意外と上記の

おばあさんのように「特別な事情」があって他のことの優先順位が上だったりすることがよくある。
Q.納期が重要なのか? Q.品質が重要なのか? Q.アフターサービスが重要なのか?
Q.形状が重要なのか? Q.他の要素が重要なのか?
によってまずはその「特別な事情」を聞き出すことに専念することが重要になる。そしてそれに合わせてこちらの主張をアレンジして行くのが最も効率的なのだ。

 新規事業を考える際、新しいビジネスのネタは自社の足元に眠っていることがある。同じく街中にある小さな電器屋の例。ご多分にもれず、大型家電量販店に押されて、業歴は長いものの、業績はいま一つだった。早速、その会社の中味を分析してみると、毎月10~15万円ぐらい「小工事」という売上が上がっている。内容を聞いてみると、ほとんどが換気扇の交換工事とのことだった。そこで、「換気扇を取り換える家は、キッチンもあまり綺麗ではないのでは?」と質問したところ、「たしかに、キッチンはボロボロというところが多い」という回答。

 次に「では、なぜキッチンのリフォームをやらないのか?」と質問したら、「ウチは電器屋なんで」しかし、よく調べてみると、その電気屋さんは某大手家電メーカーの取扱店。しかも、長年そのメーカーの商品を扱ってきたので、他社よりも安くそのメーカーのキッチンリフォーム商品を仕入れられることが分かった。その結果、まずは「換気扇の交換工事→キッチンリフォームの受注」という流れができていた。

 キッチンが綺麗になると、周りに置いてある家電製品の古さが目立ってくる。すると、次に「キッチンリフォームの受注→家電製品の受注」という流れが生れる。キッチンが新しくなり、家電製品も新品になると、今度は家をもう少し見栄えよくしたいという欲求が出てくる。そこで、今度は「家電製品の受注→大型リフォームの受注」へと結びついた。

もちろん、換気扇の工事を行った先がすべて大型リフォームへと結びつく訳ではない。けれども、一定の確率で「換気扇の交換工事→キッチンリフォームの受注→家電製品の受注→大型リフォームの受注」という勝ちパターンができたために、業績も回復し、利益も安定してきた。
この事例のポイントは二つ。一つは、「ウチは電器屋なんで」という殻を破って新たな分野に挑戦したことだ。キッチンのリフォームや家のリフォームは、その会社にとっては未知の分野だった。けれども、既存の思考の枠に囚われずに新たなチャレンジをしたことで、危機を突破した。

 そして、ポイントの二つ目はお客様のニーズをきめ細かくフォローアップしたことだ。単に換気扇の交換工事を行うだけでは何も生まれない。お客様目線に立って、

  1. ・換気扇を取り換えたいということは、台所を綺麗にしたいのでは?
    ・台所の水回りが新しくなると、冷蔵庫も新品が欲しくなるのでは?
    ・家電製品が最新のものだと、壁紙のしみがかえって目立つのでは?

 

というように、一歩踏み込んでお客様との話を進めたことで、自然と売上が増える流れができたのだ。

  • 殻を破って新たな分野に挑戦する、お客様のニーズをきめ細かくフォローアップする。この2つは、社員が仕事への取り組み姿勢を変えれば、今日からでもすぐに実践できる。

 実際、先の電気屋さんも家のリフォーム等は外注先を活用して対応された。つまり、前述の2つのポイントは業種・業態を問わず、応用が効くはずだ。既存の思考の枠に囚われることなく、視座を高く持って仕事に取り組むことが、仕事を面白くし生活提案型企業として継続的お付き合いができる。信頼とは足元の小さなお手伝いから始まる。

 

                                                                                                                  会長  三戸部 啓之