330号-2025.3

[ 2025.3.1. ]

330号-2025.3

 

差別化戦略は企業の基本戦略だ。他社との優位性がなければそもそも存在自体に意味がない。しかし、社員レベルに置き換えると中々きちんと自社の優位性を整理できていないのが実情だ。「ウチの商品はどこにでもある平凡なものだから…」というレベル意識の社員が殆どだ。

特に我々不動産管理業界に身を置く社員は、ことさら差別化という意識は薄い。管理業界の差別化とは「入居率」「賃料回収率」「物件収益率」をベースに「信用力」「提案力」となる。

昭和の時代、特に石油ショック後には、営業研修で他社との差別化というカテゴリーはなく、精神論がメインになっていた。曰く、「営業というものは、商品で差別化できないから必要なんだ!」だから顧客に押し付ける販売方法がメインのところが多かった。そこで行う営業研修は、行動量とか話法が主体になったが、生活日常品が行きわたり飽和の時代を迎えると、コンサル的な営業手法が主体となった。そこでは先ず、顧客の潜在ニーズを引き出し、優雅な生活を夢想させる手法だった。最終判断の主権者が夫から妻に移行すると、接客態度や身だしなみの重要性に移った。見た目が9割と好感が持てる営業が求められるようになった。トヨタで有名な「いつかはクラウン」「隣の車が大きく見えます」的な自社のPRを主体とした競合先の欠点を論う事が差別戦略と言われた時代だった。その時代ではマダマダ商品の物語自体が差別化になる概念は国内では定着していなかった。どんな商品でも視点を変えるだけで競合他社との差別化を実現できるはずだ。

その事例として日本ではなじみがないが、アメリカのビール会社シュリッツビールの広告戦略を挙げたい。この事例のように差別化を実現できれば集客を大きく増加させ売上を伸ばす事ができる。栄華を極めたのは1970年までだが、その後の凋落も、お決まりの多角化戦略の失敗とコスト削減による品質低下とは興味深い。つまり顧客目線から逸脱したのだ。

差別化を実現するには競合他社や顧客のニーズ、自社の強みを正しく理解しなければならない。

アメリカのビールといえばバドワイザーだが、シュリッツビールは、かつて業界5位のビール会社だった。ビールは味や価格に多少の差はあるものの、大きな差別化は難しい商品のひとつだ。

しかしシュリッツビールは競合他社と大きな差別化を実現し、業界5位から1947年にはトップまで急激に成長した。それを実現させたのがあるコピーライターによる広告戦略だった。

彼は広告をつくる際に「新しい訴求ポイントが 何か見つからないか」と工場を見学した。

そこではビールは巨大なフィルターで濾過・地下1,200mから汲んだ天然水を使用・ビール瓶は高温の蒸気で洗浄など、予想もしない事ばかりだった。まさに要因は足元にあったのだ。

「なぜこれを今まで伝えなかったのですか?」コピーライターがシュリッツビールの担当者に質問すると返ってきた答えが、「他社も同じことをしているから」だった。これこそが差別化のポイントなのだ。他社と同じ製法だったとしても「あなたが初めて打ち出した」ならあなた独自の強みとなる。シュリッツビールは先ほどの製法をもとに「清潔なビール」というコンセプトのもと「生きた蒸気で洗浄されたビール」というコピーで新聞広告を制作した。その結果業界5位からトップに大躍進したといわれている。

シュリッツビールが集客を激変させた差別化。これを実現するには、今までと同じようにビジネスを見つめていてはダメだという事を証明している。

・競合他社は何を「していない」のか?

・自社に隠されている「強み」は何か?

・お客さまが求めているものは?

という3つの視点からビジネスを見つめ、答えを導き出す「3C分析」のスキルが必要だ。
3Cとはcustomer(顧客)company(自社)competitor(競合)のことだ。これはマーケティングの基本ともいうべき手法で、今では当たり前の分析手法となっている。


「ユニクロ」の柳井社長とクリエイターの佐藤可士和氏との関係もこの基本にのっとっている。

「ブランドの強みは何か、弱みは何か」「世界でポジションをとる為には何をやったらよいか」という事をきっちり整理し出店し今日の成功を呼び込んだのだ。

 

卑近な例では、北海道 旭川市にある旭山動物園がある。人が来なかった廃園寸前の動物園が日本一になれた理由も参考になる。かつて年間3億円の赤字を出すようになり「市のお荷物」とされ、閉園に追い込まれた動物園をV字回復で黒字化させたのは、以前は「飼育係長」を務めていた一人の新園長だった。1996年に新園長に着任した小菅 正夫(こすげ まさお)氏は、顧客視点のマーケティングを取り入れ「ある重要な事実に気づき」再建の糸口を見つけたのだ。

小菅氏は顧客の視点で動物園を見てまわると、「動物たちがみんな来園者にお尻を向けているではないか…」本来は、動物の躍動感やリアルな動物と対峙する緊張感を感じてもらうための動物園なのにだ。しかし肝心の動物たちは来園者に向くどころかまるで、テレビでも見ているかのような丸まった背中を向けていた。それもそのはず。動物たちにとって注意を向けなければいけない「エサを運ぶ、飼育係」「注射を打つ、獣医師」はみんな裏側から出てくるからだ。

つまり動物たちがイキイキとした表情や緊張感を持った表情を向けるのはすべて裏側だった。動物たちにとって来園者の方向を向く理由がなかったのだ。

そこで小菅氏は動物へのエサやお世話を「来園者側から」行うように飼育方針を変えた。

さらに来園者や現場の飼育係たちからも声を集めた。すると来園者からは「この動物たちは檻の中で自由がなくてかわいそう」という声が上がり、飼育係からは「もっと活き活きと動き回る動物たちの姿を見せたい」という声が上がった。

これらの意見を形にするため、小菅氏は旭川市に対して「行動展示」という企画を立案した結果、「1億円」の追加予算を獲得することに成功した。勿論彼の信念に基づいた徹底した顧客視点があったからこそ、粘り強い交渉がお堅い市の幹部を説得できたのだろう。

そして旭山動物園は生まれ変わる。低迷していた来園者数は上野動物園を上回り「来場者数日本一の動物園」に。人気は落ちることなく現在も国内5本の指に入り年間100万人以上が来園する人気パークになっているという。

この大躍進のきっかけはまぎれもなく経営者(現場)が「顧客視点」を持ち「組織の強み」を活かしたことにある。今の日本に欠けているのは「現場力」だといわれている。顧客に一番接しているのは現場にいる社員だからだ。今、現場力の欠如が30年にわたる日本の国冨の低下だともいわれる。すなわち「現場力」とは従来「経営層→マネージメント層→現場」というピラミッドだったが、今後は「現場→マネージメント層→経営層」という逆ピラミッドになる必要がある。その為には夫々が当事者意識を持つことがポイントになる。

簡単なことではないが、本音を言える職場環境の構築やビジョンの共有と企業への貢献の可視化、ノウハウの共有と社内ルールの徹底が条件となるが、一朝一夕ではできないことだ。これこそ経営陣が、現場力の意味と重要性を理解し本格的に取り込む事柄だ。

アーバン企画開発グループ相談役/合同会社ゆいまーる代表社員

三戸部 啓之