[ 2012.4.29. ]
177号-2012.4.25
~「更新料請求訴訟」顛末記 『 更新料不払い訴訟 』はまだまだ終わっていない!~
当社で管理しているテラスハウスで更新料不払いのトラブルがあった。
更新時期が平成22年6月だったので、21ヶ月にわたってトラブったことになる。契約期間は2年、更新料は1ヶ月分の155000円の戸建て物件である。新築時から入居している方だが自営業者で当初から賃貸条件についても渋い交渉をしていた。入居中も何かとクレームも多く、当社では要注意人物としてマークしていた経緯がある。丁度その時、立て続けに大阪高裁で更新料無効判決が出され、新聞紙上にも「その根拠のなさ」を強調する文面が多く掲載されていた事が、彼にとって絶好の支払い拒絶の理由になったと推測される。
当社では更新初期段階(3ヶ月前)は内勤事務の担当で「更新手続きのご案内」を発送する。合わせて電話での意向確認がされる。満了期日1ヶ月を切ると(書面での~1ヶ月前)「更新手続きのお願い」を発送し、電話での催促となる。通常この段階までで更新対象者の90%が完了するが、残りは更新書類の不足や更新料の入金遅滞で満了期日を過ぎることがある。当社のデータでは期間満了後30日での手続き完了率は99.5%だが、その残りの入居者には毎回手こずる事になる。更新期間満了後の督促は営業が担当する事になるが、当然その手の入居者は賃料滞納者が殆どで難渋する。まれに賃料滞納者でなくとも、書類を書くのが面倒くさいと考える入居者もおり、かえって「賃料の延滞もないのに、うるさい」とクレームつけられることもある。今回の更新料不払いの入居者は、このようなレベルの入居者であった。
これに関しては当社の担当者も反省する必要がある。期限を過ぎているにもかかわらず、通り一遍の電話催促しのみで、訪問してもキチンと督促していなかったし、その訪問立証もできなかった。相手も悪かった。担当が女性営業と見るや、「仕事で忙しいから、そんな書類を書いている暇がない」「欲しければ会社にいるから夜12時に取りに来い」最後は「こんな更新条件は認めない、バカ野郎」「更新料無効判決が出ているのに支払う必要はない」と言い出す始末である。
その辺の事情もあり、その女子担当者は「腰が引けていた」かもしれない。折衝するたびに相手が強弁になってきた為、担当者を男性営業に代え交渉に入ったが事態は進展しなかった。当時の新聞報道の論調や各種セミナーでの弁護士の解説でも、「関東での慣習では違法性は少ないから現状では問題にならない」から2年の間に「更新料は取れない」とか「違法性は高くせいぜい2年に0.5ヶ月が限度」に変調してきた時期とも重なった事が災いした。
この間にも消費者団体から数回、京都や東京の大手管理会社の契約事項にある「更新料条項」が消費者契約法に違反するという理由での「是正勧告」が、新聞紙上に大きく報道された為、更新料の受領は妥当だという声は段々小さくなった。平成22年2月24日とどめを刺すように大阪高裁で更新料無効の判決が出、これで大阪高裁の判断は無効が2件、有効が1件となり結局、最高裁の判断を待たれることになった。巷間「更新料の法的性質の不明確さもあり、それ自体消費者の義務を加重し消費者の利益を害する」という流れに抗せられない風潮にもなった。それが彼には追い風となり、同棟の近隣入居者にも「更新料不払い」を喧伝する有様だった。その結果何人かの入居者からは、更新料支払いの問い合わせがあったが、キチンと説明した事で納得された。大多数の入居者は「詐欺でも恐喝でもない雰囲気の中で説明を受け、納得して契約書に捺印をした」のであり、しかも「クーリングオフの手段も与えられた」にもかかわらず、2年後の今になって「消費者契約法」を盾にとって無効を強弁する。
以前なら「チョツとおかしい変わり者」の烙印を押されても仕方がない。これがある日突然「社会的弱者」に変身することになる。
しかし一部のコメンティターや報道関係者によれば、更新料を取る貸主やそれを助長する管理会社の体制は、社会的弱者を食い物にする反倫理団体とまで言い放った。まさに逆風の中での争いとなった。
もはやここに至っては組織として対応せざるを得ず、小職自らその入居者と話し合いをする事になった。結局平行線で物別れになった為、やむを得ず法的手段に訴えることになった。諸般の状況からも、このまま放置することは当社としての信用問題にもなるので背水の陣で取り組むつもりで、当社顧問弁護士との本格的な協議に入った。
さて、当社の更新料支払い訴訟だが、平成22年11月12日横浜地裁川崎支部民事部に提訴した。同年12月27日に第一回の弁論期日があったが、予想されたとおり「否認する」答弁書が提出された。「その理由は資料を検討してから改めて答弁する」というものだった為進展せず、次回期日は翌年の2月15日となった。相手の代理人はS法律事務所の4名の弁護士だった。そして当日第一回準備書面が出された。その内容は、いつもの主張である
①更新料自体は消費者契約法10条に照らして無効である。
②契約期限が途過し法定更新になっているため更新料支払い義務がない、であったが、大阪高裁の更新料有効判決等立証反論し次回相手の準備書面を待つことになった。同年5月9日相手方から第2回準備書面として更に
③更新料支払いの明確な承諾がない
④更新料の法的性質がキチンと説明されていない
⑤子会社を仲介にたてたのは、名目上取れるものはとるというもので、明らかに更新料の性質である賃料の補充を逸脱している、と12ページにわたる詳細な反論が出された。
同日当方に次回それに対する反論が裁判長より求められた。勿論、相手側からの反論であるから、自己の有利な主張を述べるのは当たり前なのは理解できるが、その答弁書を見たショックはここに言い表せない。被告に不利な事実は「不知」とされ、事実を歪曲している点に唖然とした。訴訟技術だと思うが、例えビジネスであろうともそれなりの倫理観はあるべきだと考えるのは一般人の常識だし、法律の素人だからと全てを保護するのは間違っている。「法の不知は許さず」というのが近代法治社会の根本理念だからだ。安易に「弱者保護」を拡張するのはもう一つの理念である「取引の安全」を脅かすものだ。グローバル化が必然的な商取引社会で「幼児化された行為」は益々不信を買うばかりだ。学校や家庭ばかりでなく、社会のルールを強制実現する法の番人たる裁判所自体も「不道徳社会」の片棒を担ぐようでは社会が騒擾混乱するばかりだ。
民事事件では裁判は「真実を明らかにする場」ではなく「証拠に基づいては判断する場」であり、決して正義を実現する場でもない。「不知と言う反論は当社にその反論資料を提出せよ」ということである。だから相手の都合のよい主張を鵜呑みにし、しかも、それを糊塗し考えられる法理論を駆使している態度は「三百代言」というに相応しく、一般人の常識からすれば「重箱の隅をつつくような揚げ足取りの反論」になっていた。消費者契約法自体が「一般消費者と事業者との情報の質及び量ならびに交渉力の格差を前提として、消費者の利益を護る」ことにあるため、その情報の格差を殊更強調する論陣を張るのも頷けるが、45歳の自営業者で借家住まいを何回となく経験している正常な判断のできる大人に「更新料の説明がキチンとされていない」「その明確な合意を得ていない」との主張は、情報弱者保護の立法趣旨から逸脱していると思われる。そして本格的な論戦に入ることになる。
準備書面も弁護士と何回も打ち合わせをして提出することになった。勿論、法的な構成は顧問弁護士に任せ、当社では「入居者の入居選択経緯」「前住居での契約形態」「転居回数」「当時の賃貸相場と条件」「近隣賃貸市況」「交渉の経緯」「更新料無効の社会的混乱の是非」「慣習としての位置づけ」等の資料を作成して、6月28日14にもなる証拠書類を弁論期日に間に合わせた。
当日の口頭弁論では結局、最高裁の判断が7月中旬に出るということもあり、当該地裁段階では、それまで判断は留保することにされ、結局8月4日なってしまった。そのような緊迫した状況の中で7月12日「原状回復費用の敷き引き特約有効」の最高裁判決が出た。これは3月24日の最高裁判決とほぼ同様の結論だが、消費者契約法との関係をドウ判断しているかがポイントだった。判決では『「敷引特約が契約書に明記」されていれば、賃借人は明確に認識しており、敷引額が賃料の額に照らして高額でない限り消費者の利益を一方的に害することにはならない』とし、さらに「敷引額は賃料の3.5倍程度であるから高額に過ぎるものではなく、消費者契約法10条に違反しない」と敷引特約の有効性の範囲について一定の判断基準が示されたわけである。これは後に続く更新料裁判にも勝訴の望みを与えるものと予想された。
平成23年2月までの法曹や法律専門家の大勢判断は、法律家特有の解釈の仕様次第でどちらとも取れる「グレー」で、明確に信念を持って「有効」と判断した弁護士はいなかったと記憶している。ただ3月の最高裁の敷き引き有効判決が出てからは少数ながら「有効」と解説する弁護士は増えてきた。不動産業界の関係者にとっては、死活を決する「大問題」だったが、世間の関心は意外と低かった。ついに注視の7月15日が到来した。
注目された更新料返還訴訟の最高裁判決は、3件係属していたが、いずれも賃貸借期間が1年から2年で、更新料も夫々期間に応じて2ヶ月を支払うものである。
「更新料有効」の判決理由は以下の項目に要約される。
(1)更新料条項の性質、消費者契約への該当性
更新料の性質は、賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有するものと解するのが相当である
(2)更新料条項が消費者契約法第10条の適用により無効となるか。
① 更新料条項は、一般的には、任意規定の適用の場合に比し、消費者である賃借人の義務を加重するものに当たるから消費者契約法10条の適用がある。
② 当該条項が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるか否かは、消費者契約法の趣旨、目的に照らし、当該条項の性質、契約が成立するに至った経緯、消費者と事業者との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差その他諸般の事情を総合考量して判断されるべきである。
③ 更新料が(1)の性質を有していることに鑑みると、更新料支払におよそ経済的合理性がないということはできない。
④ 一定の地域において更新料の支払をする例が少なからず存すること公知の事実である。
⑤ 従前の裁判上の和解手続等において、更新料条項を公序良俗で無効とした取り扱いがなされていないことは裁判所に顕著な事実である。
⑥ 更新料条項が賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載され、賃貸借当事者間に更新料支払いの明確な合意が成立している場合には、賃借人と賃貸人間との間で、更新料条項に関する情報の質及び量並びに交渉力について、看過しがたいほどの格差が存するとみることもできない。
⑦ よって、賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額に過ぎるなどの特段の事情が無い限り、消費者契約法10条にいう「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するもの」には当たらない。と判示された。
関東地方の慣習では当然といえば当然の判決であったが、それなりの意味は大きかった。
特に私財を投じて、世の不合理に敢然と立ち向かった京都の O社長には頭が下がる。誹謗中傷の飛び交う中での訴訟維持は熾烈を極めたものと推測できる。
ところが、大手新聞社では1紙を除き第一面では取り上げていなかった。それも囲い込みのない2段4分の一という扱いだったので、更新料無効判決のような8段四分の一の第一面トップニュースということにはならなかった。好意的に解釈するならば、現状維持という扱いになるので、ニュースバリューは少なかったともいえる。つまり「無効判決」ならば、全国100万件といわれる更新料の返還請求が、全国で始まり大混乱が始まるからだ。よく言う例えに「犬が人間に噛み付いてもニュースにならないが、人間が犬に噛み付いたらニュースになる」と揶揄される報道機関の体質かもしれない。
「サラ金の返還バブルビジネス」の再来と当てにし虎視眈々としていた、一部の司法書士や弁護士もいたと思われるが肩透かしを食った感もある。
関係者の悲喜交々の中で、当社の係属中の訴訟への影響も大きくプラスになったと思われた。
6月の準備書面の時も、裁判官は最高裁の判決が出るまで弁論期日を延期したいと話があったため、早ければ8月、遅くても夏休みを挟んで9月上旬には当社有利に結審するものと考えていた。
ところが相手側より大阪高裁の更新料無効判決趣旨、証拠説明書が出され、次回期日が10月3日になった。相手被告側の反論は、「消費者契約法に抵触する」「法定更新だから更新料支払い義務はない」の2点に絞られてきた。夫々下級審判例及び昭和57年4月15日の最高裁判例を根拠「更新料支払い約定は法の趣旨から見て特段の事情が認められない場合、法定更新された場合における支払の趣旨まで含まない」と理由付けを展開した為、11月21日に裁判長より再度答弁期日を指定された。その為11月4日準備書面として「仮に法定更新であっても被告は更新料支払い義務を負うとの平成23年7月15日付け最高裁判決」の資料を提出した。相手側も証拠説明書として「法定更新は含まない」との昭和56年7月15日東京高裁判決等数件の判例を提出してきた。
そして次回期日は平成23年12月26日となり、これが終結予定となった。
ところが、突然担当裁判官が個人的事情で交代したため、同日弁論終結になってしまった。
今までの裁判記録でしか判断されない為、先が全く読めなくなってしまったが、判決は平成24年2月20日になった。当日は私自身イライラしていたが、顧問弁護士から電話が入り全面勝訴したとの連絡が入った。前述の最高裁判決に沿ったものであったが、当方の主張がすべて認められた事になり「あぁ、これでやっと決着したな」と思いきや、相手側の弁護士団は「当社の子会社が仲介させた事から、名目上取れるものは取るという更新料条項における更新料に『賃料の補充』という性質が欠けていたとしても、直ちに更新料が金額的妥当性を欠かない」と一審が認めた理由が是認できない、「法定更新の場合の判断が最高裁でも確定していない」また「ある団体と連携しているので、同様な訴訟を抱えている他の法律事務所との兼ね合いもあり政策上控訴するかもしれない」との意見もあり、判決確定までの14日間は落ち着かない日々を過ごさざるを得なくなった。
そういう経過の中で、被告である入居者の2年の更新が又迫ってきた事もあったのだろう。相手側の弁護士から控訴取り下げの条件として、①裁判費用の負担免除、②遅延利息の免除が打診された。
当社顧問弁護士と協議の上「全面勝訴を得たのだしこれ以上費用をかけても意味はないだろう」と相手側の条件を飲むことになった。
しかし、更新料1ヶ月の請求訴訟とはいえ21ヶ月も要したわけである。原告被告とも労多くして成果はどれほどだったのだろうか。
当方は一罰百戒からここで折れたら管理会社としての意味を問われるし、他の入居者の影響も計り知れないとのビジネス上の理由もあった。被告及びその同調者側からすれば政策的意味もあったと思うが、当の被告の精神的負担は計り知れないものと思われる。
好意的に解するならば被告人とても「ある種の被害者」かもしれない。マスコミやある種の法廷闘争を仕掛けた人たち、過払い返還バブルの再来を願う法曹関係者のお先棒を担がされたかもしれない。
それにしても危惧されるのは、当時のマスコミの論調でありその脅威である。名門企業でも一瞬のうちに倒産させるほどの武器を持つマスコミ人に自制を求めるのは私だけではあるまい。
かって「ペンは剣よりも強し」と言われた反権力としてのマスコミ、正義を追及するマスコミのイメージは戦後の愚民政策の中で大手三大新聞といえども「ゴシップ」「サブカルチャー」専門誌に堕落したのだろうか。
以前の過激な言葉でいえば「マスコミは自己批判、総括すべき」ではないのか。
是非マスコミ人としての矜持を持っていただきたいものだ。
一市民としての儚いお願いである。
社長 三戸部 啓之