[ 2017.7.25. ]
240号-2017.7.25
従来聖域だった医療現場でもいわゆるインフォームドコンセントinformed-consent(説明と同意)で患者が自分の病気と医療行為について、知りたいことを“知る権利”があり、治療方法を自分で決める“決定する権利”を持つと言われるまでになった。
近代法制上の個人の自由意思を尊重する意思主義が、かって取引の安全を重視した表示主義よりも重く見る傾向になっている。日本のような超高齢化社会に入ると、情報弱者としてますます個人の意思を保護する考え方が主流になるし、詐欺、強迫、錯誤という契約行為を取消したり、無効にする解釈範囲が広がることは間違いがない。勿論それだけでなく、企業が説明義務違反を問われ、損害賠償を課せられることも多くなる。
このような社会状況の変化を踏まえて当然営業手法も変わらざるを得ない。「プッシュ」から「プル」になってきたわけだ。「プル」には当然相手に商品を理解できる状態で納得させることが必要になる。商品を理解させる為には、相手のニーズを正確に聞き出さなくてはならない。
ニーズには顕在化したものと潜在化したものがある。顕在化したものに対応する事は比較的簡単で、そのまま相手の言いなりに応ずればいいが、それで満足するかは別物になる。何もしてくれないという不満につながる。だから「真意」という潜在的なニーズは聞き出し、整合性を確認する必要が出てくる。タイミングと手法がポイントである。「ヒアリング能力」といわれているものだ。
裁判の取り調べのような紋切り型の言い方をする社員はいないと思うが、それに近い社員は結構いる。何気ない会話の中で探りを入れる事はかなりの経験とセンスを必要とする。賃貸仲介営業でいえば、当て馬物件を提示する事も時にはあるだろうし、本命と目した物件が話しているうちに修正を余儀なくされたこともあるだろう。主権者と考えていた人が実は副主権者で最終判断が別の人だったりすることもある。先入観を持たずに常にニュートラルな立場で話し、判断する事が的確なニーズをつかむことにつながる。それが成約に直結するし、相手の信頼も高くなる。よく気が付く人だ!私のために一生懸命やってくれる!という判断になるのだ。
ヒアリング次第で同じことをしても天と地の違いになって表れてくるのだ。実例を示してみよう。こんなことが君のそばで日常的に起こっている。
~とある電気店で、おばあさんが店員さんと炊飯器の件で話している~
★:店員
「お客様のご希望の型は一つ古いタイプの為、当店には在庫がなく取り寄せになりますのでお時間がかかってしまいます」「でも同じメーカーから新機種が出ていてお値段も安いですし、サイズも一回り小さくて機能も節電効果もこちらの方が優れています。」
「こちらなら在庫がありますのですぐお渡しできますよ。色もご希望のグレーですし」
●:おばあさん
「え?あたしの欲しい型はないってこと?あたしはそれが欲しいのよ!」
★:店員
「こちらの新機種は操作も簡単になっていますしお客様のご希望の型のものよりもずっと使いやすいですよ。」
●:おばあさん
「うーん、でもやはりあたしの欲しい型でないとだめなのよ・・・」
★:店員
「今、キャンペーン期間中でしてこの場でご購入いただきますとポイントが2倍つきますし、無料保証期間も1年のものが2年になりますよ・・」
●:おばあさん 「もういいわ・・・他を当たってみるから・・」
電化製品は次々と新製品が出るのでこの手のやり取りは多くあるだろう。
店員さんは親切・丁寧に説明しているので対応も間違っていない。
但し、下記のような「質問」を一言してみれば展開も全く変わってきたかもしれないのだ。
★:店員
「そうですか。お客様はこの古い型の炊飯器に何かこだわりでもおありで??」
●:おばあさん
「いえね。実はそれ息子夫婦が去年買ってくれた炊飯器なんだけど、この間うっかりあたしが壊しちゃってね・・・」
「今度の連休に息子夫婦が家に遊びに来るのでそれまでに同じ物を買っておきたかったのよ」
★:店員
「なるほど、そうでしたか」
「それではメーカーに急ぎで取り寄せできるか問い合わせてみましょう」
●:おばあさん 「ホントに? 助かるわー・・・」
このように、相手にはこちらの想像もつかないようなニーズの優先順位があるのを常に頭に置いておき、まずはそれを聞き出す事が重要なのは賃貸仲介の営業でも同じだ。
価格や予算のことばかり気にしている担当者が多いが、意外と上記のおばあさんのように
「特別な事情:目的」があって他のことの優先順位が上だったりすることがよくある。
Q.入居日が重要なのか?
Q.設備、外観が重要なのか?
Q.アフターサービスや管理体制が重要なのか?
Q.環境が重要なのか?
Q.他の要素が重要なのか?
接客の序盤では、まずはその「特別な事情」を聞き出すことに専念することが重要になる。
そしてそれに合わせてこちらの主張をアレンジして行くのが最も効率的なのだ。相手にはこちらの想像もつかないようなニーズの優先順位があるという可能性を常に頭に置いてそれを聞き出すようにする事が「ヒアリングスキルが高い」という評価につながるのだ。
社長 三戸部 啓之