[ 2019.8.1. ]
265号-2019.8.25
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」とは、劇場版『踊る大捜査線』(THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間)のクライマックスにおいて、ついにブチ切れた青島俊作が偉い人たちに対して発した怒りのセリフである。警察機構という極めて精緻な官僚組織に起こりがちな事だ。意思決定の遅速さと減点主義が、個人の自由な判断と活動を制約しているといわれる。安定した成長志向の世の中では一定の優れた評価も得られよう。しかし、時々刻々と変わる状況の変化で、即判断を下さなければならないシーンでは、常に後手に回り適時な判断は不可能となる。又「伝言ゲーム」ではないが、間に人が介在すると、どうしても事実が歪んだり、報告者の主観やバイアスがからんでくるので、益々的確な情報把握は不可能となり、それに伴う判断も間違いが多くなる。エリート集団の帝国陸軍の参謀本部がそうだったし、ベトナム戦争における米軍の戦略の失敗等枚挙にいとわない。現場から離れる距離と時間に比例して実態とかけ離れることが多く、その間に階層があればさらに問題が出てくる。指示も建前論や抽象論が出て理路整然と論破されるから現実論は些少な事実となり戦略的立場からは排除ないし無視される。その間に現場の状況は刻一刻と変化するわけだから被害も甚大になるし疲労困憊する。
戦時下で万一敵の急襲を受けた場合は、状況報告の拙速さが命取りになり予防措置も不可能だ。
更に起きた事実を正確に報告する点も大事なポイントだ。判断するのは上司だという事を忘れてはいけない。正確な判断ができるように、現場の事実を全て報告する事だ。「4W1H」というよく言われる整理手法が参考になる。裁判でも一番の問題は「事実認定」を通して構成要件該当性を判断することだ。結果、無罪にもなるし死罪にもなる。冤罪事件が多発しているのも頷ける。先の大戦でも帝国陸軍は通信機器の普及が遅れており、戦場でも小隊、中隊規模では伝令兵による「伝達」が主体だった。伝令兵は必ず「復命復唱」した。上司の命令を復唱する事で間違いをなくすためだ。現在のビジネスシーンでも上司の指示を聞き違えて想定外の行動をすることが起きたり、上司自身が判断を間違える事もある。情報の鮮度も重要だ。確実性と同等にスピードが死命を決する。戦術レベルでは変更も可能だが、戦略レベルになると最早致命的だ。「事件は現場で起きている」の認識は全ての情報の出発点だ。ところが往々にしてこの原点が疎かになりやすい。
弊社駐車場で貸主が雑草防止用のシートを張ったものがあったが、その鉄杭が強風で抜け敷地内の駐車車両にぶつかりその車両を棄損したことがある。車の所有者はその賠償として65万円を管理ミスとして当社に請求してきた。当社では管理物件は定期的に巡回して写真を添付し報告して居るが、直近の写真ではその事実がはっきりとは判明しなかったし、貸主にもこの施工では問題が将来起こるという指摘をキチンとしていなかったので「不可抗力だから責任はとれない!」となり、着地点が見えなくなってきた。このままでは「言った、聞いていない」の水掛け論になり、相手の要求額全額を認めることにもなるので、改めて現場を確認することになった。そこで当該鉄杭での損傷だけでは起きない傷まで請求されていることが判明した。相手とは写真と専門家の意見も入れて交渉し請求額を減額した。弊社も貸主に対して説明責任をきちんと果たしていなかったと考え、当社の保険で補填することになった。加えて貸主も保険に新規加入することになった。現場で確認したことが原因究明と損害査定に功を奏したことになる。
現場にいなくとも第三者が的確に状況を把握できる報告をしないと様々な無駄や錯誤が発生する。これは社内教育であり上司の責任でもある。だから上司は部下からの報告をそのまま鵜呑みにするのではなく、場のイメージが想定できるまで質問し状況を把握しなければならない。「現況チェックリスト」が当社でもあるが、十分活用されているとは言えない。
言葉で伝えきれない事は「略図、画像」で補わなければいけないが、自分で理解しているだけで終わっている。第三者に伝える視点が抜けている。上司も部下からの報告を鵜呑みにするのではなく、疑問が生じたら自ら現地を確認する事も必要だ。これをしない上司もいる。しない理由は何時も「時間がない!」だ。これが組織を硬直化する元凶だ。「どうすれば時間が取れるか?」という視点が欠落しているから何年たっても改善されない。
当社では、入居者のトラブルや設備の故障に関する窓口であるカスタマーサポートに月平均400件の問い合わせがある。短いもので2分、長いもので90分も電話応対する。短いものの内で、契約時にきちんと説明していれば防げるものが40%もある。現場の実情と内容を常に点検しないと管理戸数が増えるとそれに伴い人員が不足するという事態になり、即新規人員の補充という短絡的解決になる。これはある面、思考停止状態であり、原因である件数自体を減らすという発想が出てこない。
新規入居者に対する契約時間は平均60分、しかも事前に契約書一式を態々郵送していながらだ。大部分が説明後15分で殆どが上の空だ。それでも規則だからと言って機械のように滾々と読み、説明し承諾書に捺印させている。そこには相手の理解の確認がない。問い合わせの内容からフィードバックすれば契約時の説明の仕方も違ったものになるはずだ。問い合わせの多いものをビデオ化するとか、漫画化するとかすれば飽きも来ないし印象も強い。現場目線といってもそこには「アリの目、鳥の目、魚の目」が必要だ。部分最適ではなく全体最適で考えることだ。現場からの悲鳴に「即応じる」ことではなく「これでいいのか!」と距離を置いて考えることだ。「働き方改革」で時短による生産性が問われることになるが、この辺の身近な改革から始める事だ。賃貸仲介手数料は平均7万だが、来店契約率40%、仲介件数年間80件とすると、経費の内訳はネット等の掲載費2.5万、販促費3.5万、人件費5万(営業3.5万+契約事務1.5万)間接事務経費1万、本社経費1万がかかる為、合計13万になる。つまり一件仲介する事で6万の赤字になる。本来これを他で補う事で成り立つのはビジネスとしては可笑しい。更に仲介専業で成り立つためには仲介営業1人が月13件、年間150件必要だが、これをクリアーしているのは大手中小も含めて数社しかない。国交省の指導も消費者保護の姿勢は強くなり首をかしげるような説明義務を課すようになっており、業者側の負担は従来にも況して増えている。札幌で或る大手FCの消臭剤の販売強制、未施工問題が起きたが、関連商品の販促に力を入れるのは仲介料だけでは成り立たない業界裏事情があるからともいえる。街場の業者の殆どが、売買仲介とか管理をベースに成り立っている。まして今後ネットにより貸主と借主が直接やり取りするようになれば仲介業者は益々苦境に立つことになり淘汰が進むだろう。IT化は一時弱者の戦略と言われたが、今では膨大なデータを蓄積するGAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)の独壇場になった。彼らが不動産業に参入する日も近い。「リスティング広告」という手法で、入居者の属性にあった物件を紹介していれば仲介業者の入る余地はない。
遅ればせながら、平成29年10月1日より賃貸取引での「IT重説」の本格運用が開始された。書面での対面説明が必要だったが、IT化の流れの中で重い腰を上げた訳だ。この先にはIT契約がある。旅行会社を想定すればよい。我々は旅行する時に一々現地に行かず、ネットで「場所」「宿泊先」を検索する。写真や動画が全てになり、気に入ればネットで申し込み、カードで与信審査する事になれば従来の店舗配置や人員構成が変わり、かかる固定費も削減できる。契約書も認証された「約款」として統一されているので消費者は一々読んでいない。キャンセル条項くらいで煩雑さはない。旅行会社にも「旅行業務取扱管理者」という企画募集するうえで必要な資格があり将来の仲介業を暗示している。「宅建取引士」と同じような資格だし販売方法も同じだ。今まで以上に現場の精査が重要になり画像の更新も鮮度が要求され、口コミや評価点数が判断基準になる。管理会社もインスタ映えする為に「説明する力」「物件を磨く力」「現場力」が益々重要になるだろう。
社長 三戸部 啓之