[ 2020.1.1. ]
270号-2020.1.25
恒例の宅地建物取引士(宅建士)資格試験の合格者発表が12月4日にあった。
受験者総数220,797名、最高齢合格者89歳、最年少合格者は14歳、合格平均年齢35.4歳、合格率は17.0%だった。当社では受験者数36名、残念ながら合格者数わずか2名で合格率5.5%だった。
2009年より15年来、実施していた合格祝いを2019年度の合格を最後に廃止した。又、最低必須資格として宅地建物取引士(宅建士)は位置付けているので、どんな実績を上げようとも一般職から昇格しない事は継続している。
試験対策勉強会も毎年実施している。私費で受験講座も受けている社員もいる。試験の難易度もさほど高くはなく、5点免除の優遇特典もある。合格レベルに達する勉強時間は500時間と言われている。最難関試験と言われる司法試験の8000時間と比べれば十数分の一の時間数だ。現に今年の合格者の一人は受験勉強開始後6ケ月で合格した。
当社では宅地建物取引士(宅建士)無資格者はどんなに実績が良くても平社員どまりだ。勿論、これらの処遇については社内にも異論がある。資格があっても営業能力とは無関係で、鳴かず飛ばずの社員もいるし、資格がなくても毎期賞賛する実績を上げる社員もいるからだ。大手の仲介業者でも宅建士資格を重視せず未取得者でも店長にさせているケースもある。
しかしながら不動産業を営むには、拠点ごとに社員5人当たり1名の宅建士の常駐が義務付けられ、契約に先立ち所定の重要事項について宅建士から説明義務がある。アプローチを伴う誘因行為は無資格者でも可能だが、契約まで進むとなると資格が必要になる。動機付けと意思決定までのクロージングで成約行為の95%は終わっているため、その追認行為としての確認だけが残ることになる。確認行為でも誘因行為との齟齬があれば破約になる可能性はあり、無資格者であっても、それなりの正確な知識は必要になる。説明が事実と違えば損害賠償責任が発生するし、その負担は当の有資格者が追うことになり、責任の重さが違うという事になる。無資格者の店長は、管理職として自ら法的責任を負わず、その部下である有資格者に責任を負担させる状態なのだ。組織上もおかしいのは明らかだ。
刑法犯でも業務上過失と単純過失とでは業務上のほうが加重される。無免許運転でも事故を起こせば業務上の過失と認定される。反復継続している点を業務とみなされるわけだ。不動産の媒介行為だけが無資格でも行政罰の対象になっていないから、宅建士資格取得の圧迫観念がないのかもしれない。
しかし、業務についている以上、対外的責任は無資格者と言えども同じだ。単なる重要事項説明から除外されていると言っても許されるものではない。
不合格の言い訳は皆同じだ。曰く「後半ダラケた!」「模擬テストで合格点を取ったので安心して力を抜いた!」「忙しくて時間がなかった」が主な理由になる。不合格者は毎年同じ理由を言い、自己の行動を改善しないから翌年も間違いなく落ちる。とは言え当社でも、内勤職の若手社員は殆どが数年内に合格する。周囲の社員のほとんどが有資格者で、宅建士の資格が業務上必要と切実に感じるからだろうか。問題なのは営業職だ。いまだに10年・15年資格の取れない猛者がいる。受験すること自体が恒例になっているから、追い込みとか危機感というものがない。
惜しい社員もいる。合格さえすれば即係長レベルのスキルを持っているから勿体ない。昇格しないから給与も頭打ちだし、自分より若い社員が上司になる屈辱もあるはずだ。ハングリーさがないのだ。
これは当社に限ったことではなく、今の若者全般に言える事らしい。草食系男子が増えたともいえる。
昨今、何かとパワハラとかセクハラが言われて、教育や研修が問題になる。欧米ではセクハラはあるがパワハラはないという。日本だけの特徴らしい。まして「マタハラ」「アカハラ」迄数十種類もある世の中だ。全て時流に便乗したマスコミ言葉だ。不合格を理由に「何かを言おうものなら」パワーハラスメントと糾弾される恐れもある。バカな世の中になったものだ。マスコミは面白がって騒ぎ立てるかもしれないが、こんなことを言って腑抜け人材を多数輩出しているのは国賊ものだ。この圧力によって国民の力が弱まり国力が衰退すれば困るのは自分自身だ。
パワハラの定義自体が不明確で混乱を生じているとして、遅ればせながら2020年4月からパワハラ関連法が施行されるが、厚労省が作成した具体的判断基準もあいまいさが残る。学者の得意な「判例の蓄積」を待つらしい。実務現場は益々混乱するだろう。
上司としてサポートできるのは、あくまでも部下が自分の問題点に気づくことを促すだけだ。
植物を大きく育てようとしたら、植物を力で引き延ばして大きくすることはできない。与える水の量、肥料の量や質、日光の加減、温度など植物の種類に応じて最適な環境を提供する事しかできない。植物同様に、人間にも個性や特徴、価値観があり、人によって千差万別だ。相手の価値観を知り、相手の気づきを促す対応が必要だ。
ハロルド・ジェニーン(元米国巨大企業ITT社会長)が言うように、高いハードル を飛び越えたり困難な課題に取り組んだりする意欲を支えるのは、自分はこれだけ できるというプラスのセルフイメージだ。戦略(宅建合格) ⇒ 戦術(合格する方法)⇒ 宣伝(集団、認知、圧力)⇒ 体験(希望、将来、満足)の階層を作成、合格できなかった理由の核心要因の抽出 ⇒ 実行の担保と歯止め ⇒ 合格後のビジョンのチャート を創り、P(計画) ⇒ D(実行) ⇒ Ⅽ(評価) ⇒ A(改善)のサイクルを回す事がいいかもしれない。中小企業のように大きな池の小魚より小さな池の大魚のほうが良好なセルフイメージが持てやる気も自信も出てくる。しかし反面、『ダニング・クルーガー効果』ともいえる過大評価しがちな面にも注意が必要だ。中小企業社員には、例外があるとしても大企業社員とは知的保有レベルで如何ともしがたい差がある。過大評価の程度は成績が下位のグループほど大きく、最優秀グループではそのような過大評価はみられず、むしろ逆に自分の能力を実際より低く見積もる傾向が見られるからだ。不合格者には変な自信がある。「俺はやればできる!」というもので、「ただ、今はその気にならないだけだ」という言い訳だ。この言い訳が通用する以上、本人の覚醒は起こらない。そのうちに人生の消費期限が来てしまう。
人は誰でも大きな可能性をもっているという。しかし、それを発揮している人は限られている。我々は、自分自身の能力の限界を自分で勝手に決めてしまってはいないだろうか?思考のストレッチが必要だ。勿論伸びたゴム紐のように伸ばしっぱなしでは、緩んで使い物にならなくなる。伸ばしたり元に戻したりすることが延命になる。短期合格というストレッチをかけ、合格後に好きなことをする、という選択肢は理にかなっている。ぜひ実行してもらいたいものだ。社内の評価も高まるし、昇格・昇給の期待もできる。良いことづくめに違いない。
伸びっぱなしのゴム紐人生は先が見えている。社内の粗大ごみ扱いされるのは寂しいではないか。公的な存在感が欲しいではないか。実績もすごいが、自己管理もきちんとできれば、今後の会社人生においても重きを置かれるのは間違いがない。
経営資源に限りがある中小企業では「社員力」しか武器がない。人間が変わる方法は3つしかないという。①時間配分を変える事 ②住む場所を変える事 ③付き合う人を変える事 だそうだ。自己管理ができないなら、環境を変えるしかないのだ。更に飢餓感があれば尚いい。受験参考書を読まなければ落ち着かない、というまでになれば合格は手にしたのも同然だ。
社長 三戸部 啓之