顔の見えない人として働く話
アーバンレポート 第306号2024年12月発行
電話口でご入居者様からいただいた言葉です。
「思いやりを感じないよ」
現在のCS課に配属されてしばらく経った頃、設備を過失で壊してしまったご入居者様へ状況の聞き取りと今後の対応についての案内を終えた直後の事でした。
「壊してしまった事は申し訳ないが、『怪我をしていないか』といった相手に対する気づかいの言葉はかけるべきでないか」とその方は仰いました。
確かに、その時私が伝えたのは「どういった状況で壊れてしまったのか教えて欲しい」「ご入居者様が利用できる保険の手続きの案内」「どこそこの業者を手配するので連絡を待って欲しい」といったこちらが状況把握をするための聞き取りや設備(管理物件)を直すための案内であり、相談をしたご入居者様のためだけに向けた言葉は無かったのです。
電話を受けるにもかけるにも慣れてきたと思いあがっていた矢先でしたので少しずつ踏み固めた足場が崩れた様な思いと共に今日まで印象に残っています。
同時に、非難する言葉が無くとも相手の置かれた状況によっては言外に責められているように受け取られる事、顔の伺えない状況で事務的な受け答えや連絡は相手に配慮し寄り添うという姿勢からは遠いものだという事を痛感し、電話でのコミュニケーションに対する意識を見直すきっかけになりました。
反対に、相手の身になってとった行動に喜んでいただけた例もありました。
前述の反省からまたしばらくして「埋め込み宅配ボックスに荷物が届いたが受け取り口がどこにあるかわからない」というご相談を受けた時の事です。そのご入居者様は携帯電話の不調のため音声によるリモート案内が満足にできず、メールによる案内も確認が上手くいかない、ショートメッセージは短文が送れるものの文章での案内では行き違いになる可能性が高く、該当する受け取り口の場所をしめす画像を送る事も不可能・・・、といった状況でしたが、アスキーアート(文字や記号で絵や図形を描く表現方法)形式で簡略ながらも案内図をショートメッセージで送る事で早期に解決する事ができ、ご入居者様からは「こちらの都合に合わせて対応してくれた」事に対して満足をいただけました。
この件に関しては他にもスムーズな対応はあったと思いますが、自分なりに考えて選んだ対応でお喜びをいただいた事は長く励みになっています。“従業員1人1人が会社の顔として業務に取り組む”という言葉は社会に出てからよく触れるようになりました。対面での応対は元よりですが、個人の顔が見えない分電話やメールでのやり取りは会社としての顔がより意識されると感じます。
自分の言葉は個人ではなくアーバン企画開発という企業の言葉として受け取られるものだという当たり前の事を忘れずにこれからも電話口の相手と接していきたいです。
とはいうものの、入社当初と比べるとご相談をされる方は「電話のやり取りは最小限に、できるだけ出ない、かけない」方向に変化していると感じます。
昨今ではスマートフォンやSNSの普及とともに、電話を苦手に感じる人が増えている。
そういったニュースを耳にする機会が増えました。通信事業者による社会人を対象にした調査(2023年実施)では、世代が若いほど電話に苦手意識を感じている割合が大きい事が明らかになっています。
また、苦手意識はなくとも「自分のペースを乱されたくない」という理由から意図的に電話に出ないという意見や「(自分にとって)重要でない電話が嫌」といった意見が世代を問わず回答されている事から、電話によるコミュニケーションの敷居はこの10年15年で高くなっており、今後もその傾向を強めていくと考えられます。
実際、弊社でもWEB上で相談窓口を設けてから一日にかかる電話は目に見えて減りました。
電話と違って受付時間に制限がないからという理由もありますが、WEBの相談窓口に問い合わせを送られる方の中には「事前に登録のしていない番号からの電話には一切出ません」、「電話をかける前に必ずショートメッセージで発信元の番号や名前を教えてください」といった一文を添えている事も珍しくなく、相談を受け付けたがこちらからの電話になかなか応じていただけない状況も間々ある事から「電話」に対する忌避感は広く浸透していると思わされます。
ただ、そうした傾向にあるからこそ、相手は生活の合間を縫ってご相談やご連絡を下さっている、特に電話をくださる方はその煩わしさを秤にかけてなお解消したい悩みを抱えているともいえるでしょう。
顔も時には声すらもうかがい知れない状態のなかでは寄せられる「悩みの内容」が相手を慮るための貴重な足掛かりになります。意外だったのは、相談をされる方の中には時に根本の解決よりも悩みの解消を求めている場合がある事でした。
例えば、ご連絡をされる方の中には生活音の根絶や共用部に発生する虫の永久的な駆除希望など、解決が困難な相談を抱えている方がいらっしゃいますが、相談内容を元に地道にヒアリングを続け「自分の悩みを管理会社が把握して寄り添ってくれている」と感じていただく事で根本の解決に至らずとも悩みの解消になり、結果として満足につながりました。
早いもので、アーバン企画開発に入社してから10年経ちます。その内半分以上は事務として働かせていただいています。
日々の多くは設備や共用部の不具合を筆頭に近隣トラブルなどのご相談に対するヒアリングや問題の解決に必要な情報の収集、確定した対応内容のご案内になります。
今でこそ、冒頭のような言葉を頂く事は無くなりましたが、それでも「無駄に回りくどい言い方をしてしまった」「この情報を確認していれば相手の時間を余計に取らずに済んだのに」といった反省を伴う対応をしてしまう事はあり、自身の至らなさを感じます。
一方で「内容が分かりやすかった」「スムーズに対応してくれて嬉しかった」と満足頂けた時の喜びは強く、業務の支えとなっています。
会社とお付き合いのあるオーナー様、ご入居者様、業者の方々と自分をつなぐのは電話線(ネット回線)のみ、1件1件のやり取りも大多数はけして長いものではありません。顔の見えない業務だからこそ、その1件の限られた時間を大切にして「電話をかけて良かった」「相談をして良かった」と思っていただけるよう、一層努めてゆきたいと思います。
CS事業部 CS課 大欠美紗